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第48話

 汚れた手や口元を拭ってやりたいが、しかしもう少し落ち着いてからの方がいいかと、隠れるように控えていた侍女に温かいお湯と布を持って来るように伝える。  ノアリスはガクガクと震えていて、自由に動けるはずなのにまるで体を固定されているかのように動かさない。  そして、うわ言のように「痛い」と「いやだ」そして「やめて」を繰り返している。 「ノアリス」 「っひ、ひ、いや、いた、い……」 「大丈夫だ。ノアリス、落ち着いて」  トン、トンと、一定のリズムで胸を叩く。  ゆったりと、ゆっくりと。  しばらくの間、そうしていれば、うわ言のように繰り返されていた言葉が、少しずつ少なくなっていく。   「っ、は、はぁ……は、」 「いい子だ。上手に呼吸ができてる。──俺を見れるか?」  忙しなく動いていた瞳が、カイゼルを見た。  涙がいくつも零れている。 「ありがとう。そのままでいい。少し、手と口元を拭うぞ。痛くはないからな」 「っ、ふ……はぁ、は……ぅ」  持ってこさせた布とお湯でノアリスの口元と手を拭う。  相変わらず震えはなくならないが、それでもだんだんとマシになってくる。 「怖いな。だが、俺が傍にいる。俺が誰か、わかるか?」 「……っ、は、か、かい、カイゼル、さま……っ」 「そうだ。ここに居る。痛い思いも、辛い思いもさせない」 「っ、ぁ、カイゼルさま、体、動か、ない」 「大丈夫。動くようになる。今は体が驚いているんだ」  そっとノアリスの頬を撫でる。  涙を流す彼に微笑みかけ、何度も言葉をかける。 「ロルフはボール遊びができて、嬉しかったみたいだ」 「っ、」 「また、外に出て遊んでやってくれ」 「ぁ、ぅ……」  トン、トンと叩く手は止めない。  ノアリスが一度深く息を吐いた。  そうして、胸を叩いていた手をそっと握られる。  弱い力ではあったけれど、それは確かにカイゼルを安心させた。 「よく頑張った」 「っ……」  瞳から、大粒の涙が零れる。  カイゼルはふっと笑うと、ノアリスの上体を抱えるようにして抱きしめた。  ノアリスの手が、カイゼルの腕に触れ、きゅっと掴まれる。   「痛いところはないか? 動かしにくいところは?」 「ぁ、あり、ません……」 「よかった」  金色の髪を慈しむように撫でる。  ノアリスはカイゼルに体を預け、そっと目を伏せた。

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