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第50話

 医者の診察は丁寧だった。  一つ一つ、何かをする前に説明をしてくれる。 「──ですので、一度、喉を見させていただいてもよろしいでしょうか?」 「……は、い」  カイゼルに手を握ってもらいながら、おずおずと口を開ける。  それから、お腹を服の上から軽く触られたりしたけれど、後はいくつか質問をされて、それに答えれば思っていたよりも簡単に終わった。 「おそらく、環境が変わりお身体に疲労が溜まっているのでしょう。少しお休みになってください」 「……はい」 「夜は眠れていますか?」 「……」  嫌な夢を見たことを思い出し、むぐっと口を噤む。  すると医者はひとつ頷いた。 「薬湯を出しましょう。夜、ベッドに入られる前に、お飲みください。御心が落ち着いて穏やかに眠れると思います」 「……」 「味は独特ですので……薬湯を飲んだあとは、御口直しに蜂蜜などをお召し上がりください」 「……はちみつ」  ノアリスは一言、口にする。  蜂蜜だなんて、塔に閉じ込められて以来、一度も食べていなかった。  あれは高級品である。ただの卵を産む道具に、そんな高価なものをあたえる気は、きっと無いに決まっているのだ。  だからこそ、もしもあの美味しいものを食べられるのなら、独特な味がするらしい薬湯も、我慢出来るかもしれない。 「はい。──陛下、よろしいでしょうか」 「ああ。なんでも構わない」 「! い、いいのですか、そのように、高価なものを私なんかが……」 「ノアリスだから、だ。お前の望むものは何でも与えよう。だから、早く元気になってくれ」    大きな手のひらが、ノアリスの頭を優しく撫でる。  医者は早々に退室し、カイゼルはノアリスを抱き上げると湯浴みのため、湯殿に向かった。 「ノアリス、新しい肌衣は置いてあるから、今着ているものは全て脱いで、そっちに着替えてくれ。着替えが終わったら呼んでほしい。俺も湯にはいるから」 「ぁ、はい……」 「一人でできそうか?」 「で、できます。大丈夫です」  ノアリスが慌てた様子で言うので、カイゼルは壁の方を向き目を閉じた。  そろそろと衣擦れの音がする。  ちゃんと着替えられているらしい。ふらついていたのでちゃんと立てるか心配していたのだが、問題なかったようだ。 「着替え、ました」 「ああ。じゃあ目を開けるぞ」 「はい」  目を開けて振り返る。  ノアリスが無事着替えを終えているのを確認し、カイゼルも大胆に服を脱いで腰に布を巻く。 「ノアリス、おいで」 「は、はい」  手を取り、ゆっくりと歩いて湯船に向かう。  一度お湯を体にかけてから、そっと湯に浸かると、ノアリスはホッと息を吐き、体から力を抜いた。 「ノアリス、手を貸してくれるか」 「ぁ……はい」  カイゼルに言われ右手を差し出すと、その手を掴んだ彼が優しく微笑んだ。 「ここに、そなたを傷つける者はいない。もし居たのなら、俺がなんとしてでもそのものを見つけ出して制裁を下そう。だから、無理することなく、辛い時は辛いと、体調の悪い時はしんどいと、教えてくれないか」 「……ですが、それは、ご迷惑に……」 「ならない。だからどうか、無理をしてくれるな」  今回ノアリスが倒れたのは、環境の変化が一番の原因であると思うが、しかしそれに気付けないまま辛い思いをさせたくない。  カイゼルは真剣にそう伝え、手を握る。  少し戸惑ったノアリスだが、彼の表情にきゅっと胸が詰まるような気がして、けれどそっと頷いた。 「わ、かりました。……努力、します」 「ああ」  髪をひと房撫でられる。  二人だけのこの湯船に浸かる時間は、ノアリスにとって、少し癒しの時間となったのだった。 第一章 完

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