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第51話

第二章  眩しい陽射しが肌を焼く。  あたたかい──というよりも、暑い風が吹く季節になっていた。  ノアリスがルイゼンへやって来てから、三ヶ月が過ぎていた。  半袖のシャツに身を包み、ノアリスはロルフと庭に出ていた。  体調はすっかり回復し、今ではカイゼルが傍にいなくとも、こうして外の空気を楽しめるようになった。 「ロルフ、投げるよ」 「わふっ!」  ボールを投げると、ロルフは嬉々として駆け出す。  しばらく自分で遊んでは、弾むようにノアリスへ飛びついて戻ってくる。  何度も繰り返すうちに転ばされるのが常だったので、ノアリスはいつしか地面に腰を下ろして待つようになっていた。  太陽の下。まだ自然に笑うことは難しいけれど、それでも明るい光を浴びながら過ごせることが、ただ嬉しい。  ──それにしても。  容赦のない陽射しがじりじりと肌を焼き、痛みさえ覚える。  空を見上げ、眩しさに目を細めて手で影を作ったその時、不意に頭へ何かがふわりと置かれた。 「!」 「暑いだろう。外に出るときは、そろそろ帽子をかぶった方がいい」 「……カイゼル様」  麦わら帽子を被せてくれたのは、彼だった。  カイゼルは優しく微笑みながらノアリスの隣に腰を下ろし、指笛をひとつ。  鋭い音に応えて、ロルフがボールを咥えて戻ってくる。 「いい子だ。ノアリスに遊んでもらっていたんだな」 「あ……いえ、むしろ私がロルフに遊んでもらっていて……」 「ははは。だが、ボールを投げてもらったからこそ、こんなにも喜んでいる」  豪快な笑みに、不思議と心がほぐれていく。  ロルフはカイゼルの腕を抜け出し、再びノアリスへ飛びついた。  思わずよろけたところを、カイゼルの腕がしっかりと支える。 「大丈夫か?」 「あ……はい。ありがとうございます」 「少ししたら中へ戻るといい。水分をとることも忘れずに」 「はい」 「俺は政務があるからそろそろ行くが……昼には戻る予定だ。その時……よければ、一緒に食事をどうだろう?」 「!」  ノアリスは驚いて彼を見上げた。  これまで食事はすべて自室で一人きりだったからだ。 「ああ、もちろん嫌なら断ってくれていい。人と食べるのは気が張ることもあるだろうし、無理にとは言わん。ただ……聞いたところによると、少しずつ味覚が戻ってきているみたいだな。少し、気になっていた」 「ぁ……」  たしかに、この三ヶ月で少しずつ改善していた。  無味だった食事に、今ではわずかな味を感じられる。  果物や野菜も食べられるようになり、今朝は小さな柔らかいパンを一つ食べきることができた。 「い、嫌ではありません。カイゼル様さえよろしければ……ご一緒したいです」 「本当か!」 「ですが、私は……食べるのが遅いので、きっと退屈させてしまいます」 「そんなこと気にしなくていい。むしろ、そなたが食べている姿を見たい。どれだけ時間がかかろうとな」 「そ、それは……少し……」 「ああ、すまない。重く受け取らなくていい。冗談だ」  カイゼルは苦笑しながらノアリスの手を取り、そっと立ち上がらせた。 「俺は行く。何かあれば近くの者に伝えてくれるか?」 「ぁ……はい」  そう言って屋内へ消えていく背中を、ノアリスは見送った。  その背を目で追いながら、小さく息を吐く。胸の奥に、かすかな高鳴りが残っていた。

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