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第65話

 朝食を終え、二人はそれぞれの場所へ向かった。  カイゼルは執務室に入ると、まずイリエントを呼び出す。  現れた彼に、鋭い視線を向けた。 「おはようございます、陛下」 「ああ、おはよう。……他に言うことは?」 「特にありませんが」 「ノアリスに、余計なことを話したな」  イリエントは小さく首を傾げる。 「余計なこと?」 「俺の家族のこと。世継ぎのことだ」 「ああ、それですか。それは答えるべきでしょう。ノアリス様は、陛下のことで悩んでおられましたから」 「なに……?」 「陛下がお優しくしてくださるので、何か恩返しがしたいと。どうすればいいかと相談されたのです。ですから、間接的に陛下のためになることを伝えただけです」  ノアリスの意思を尊重する言い方に、カイゼルは舌打ちをこぼした。 「さっき本人に聞かれた」 「何を、です?」 「なぜ世継ぎを作らないのか、と」 「直接陛下に尋ねるとは、大胆ですねぇ」 「茶化すな。……想い人がいると答えたら、それは妾妃かと」 「! っふ、ふふ……」  隠しもせず笑い出すイリエント。  カイゼルはぐぐっと眉間に力をこめる。 「笑うな」 「ふふ……す、すみません。ですが私は、ノアリス様にお伝えしたのですよ? 陛下は妾妃には目もくれないこと。そして私の知る限り、心を配られているのはノアリス様だけだということを」 「!」  カイゼルは目を見張ったあと、背もたれに身をあずけ、手で目元を覆って深く息を吐いた。 「それではまるで、俺がノアリスを想っていると、すべて伝えたようなものではないか……」 「ええ、そのつもりでしたから」 「勝手に伝えるな! ……それで、ノアリスは何と……」  イリエントはにっこりと微笑む。 「『どうして』とだけ」 「……」 「……?」 「……伝わっていないな」 「ええ。あの御方はもともと自己肯定感の低い方です。仮に伝わっていたとしても、『そんなことは有り得ない』と否定されてしまうでしょうね」  楽しげなイリエントが、今はやけに恨めしい。  カイゼルは姿勢を正し、どうしたものかと頭を悩ませた。 「陛下、ひとつよろしいですか?」 「なんだ」 「……ノアリス様を想うのは良いのです。しかし本当に国のためを思うのであれば、どうかお世継ぎのことをお考えください」  カイゼルは奥歯を噛んだ。  また、その話だ。 「フェルカリアの王子を『妻』として連れ帰ったのは承知しています。ですが今のままでは、王の伴侶として何も役目を果たせていません。今は陛下がいらっしゃるから良いとして、もし戦が起きればどうなさるのです。陛下が戦地へ赴けば、民は誰に従えばいいのですか」  分かってはいる。  そんなこと、ずっと前から。 「しかし……言っただろう。俺はノアリスが好きなんだ」 「ですから、それは良いのです。ですが感情とは別に、お世継ぎを──」 「……ノアリスに話してみよう」  怪訝そうな顔をするイリエント。  窓からはあたたかな風が流れ込んでいた。 「……何を、です」 「俺の気持ちをだ」 「……っ」  短い言葉に、イリエントは目を細める。  軽率ではないかと口にしかけたが、カイゼルの横顔を見て飲み込んだ。  その瞳には、もはや迷いの影はなかったからだ。 「……良いのですか。伝えたところで、あの御方が受け止めきれるとは限りません」 「ああ、そうだな。……けれどノアリスは言ったんだ。俺に想われるのはきっと嬉しい、と」  イリエントは小さくため息をつきながらも、口元にはわずかな笑みを浮かべた。 「まったく……陛下というお方は」 「何か言ったか」 「いえ。――せいぜい振られぬことを祈ります」 「お前な……!」  胸の奥に芽生えた熱が、決意へと変わっていく。  ――ノアリスに、きちんと想いを伝えよう。  カイゼルはひとりでに頷き、早くもすでに少しだけ緊張を覚えていた。

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