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第68話
朝食を終え、ロルフと共に部屋で休んでいたノアリスのもとへ、突然カイゼルがやってきた。
彼の口から告げられたのは、戦が起こるかもしれないという話。
しかも、今回は自らは戦地に赴かぬつもりだと。
その言葉に、ノアリスは一度は胸を撫で下ろした。
戦と聞くだけで思い出す。──何度も無理やり卵を産まされ、薬を打たれ、繰り返し搾り取られた日々を。
再びあの地に連れ戻されれば、あの悪夢がまた始まってしまうのだ。
「戦が始まろうとも、そなたを巻き込ませはしない」
カイゼルがそう言ってくれるのは、有難かった。彼を信じたいとも思う。
けれど。
「……本当は……カイゼル様も、戦地に行かれる予定だったのですよね……?」
「ああ。そうだな。しかし……さっきも言った通り、そなたのことが気がかりでな」
「……」
一度は安堵をくれたその言葉が、今は重石のように胸の奥に沈んでいく。
逞しい体に刻まれた幾筋もの傷跡──それは、彼が幾度も兵を率い、最前線で戦ってきた証だ。
形だけの王ではなく、民と共に痛みや苦しみを知る真の王でありたいと語っていた人。
本来、戦場に立つべき人なのに。
自分の存在が、その道を塞いでしまっているのではないか。
戦ってほしいわけではない。
けれど……彼は本来、兵士と共に戦場を駆けるべき人。
なのに自分のせいで、その自由を奪ってしまっている。
「わ、私が……邪魔を……」
「? どうした。何を言ってる」
「カイゼル様の……邪魔をしてしまって……」
わなわなと手が震える。
守られるばかりで、迷惑をかけてばかり。
何一つ役に立てない自分など、いない方がいいのではないか。
「ノアリス」
「っ、私は、カイゼル様の歩む道を、奪ってしまっています……! 何の役にも立てないのに、守ってもらって……こんな私は……」
言葉を吐き出した瞬間、胸が締めつけられる。
言うべきではなかった。けれど、抑えられなかった。
「私は……ここにいるべきでは、ありません」
「! ……何を言うんだ」
「カイゼル様と、ルイゼン国の為に、ここにいてはいけないと……思いました」
「っ、いい加減にしろ!」
いきなり声を荒らげたカイゼルに、ノアリスは目を見張った。
その迫力は、これまで感じたどんなものよりも大きい。
「役に立てない? ここにいるべきではない? 誰がそう言った。誰が!」
「っ!」
「俺が願ったのは、そなたが役に立つことじゃない。……俺が願ったのは──」
大きな手が、ノアリスの震える手を包む。
じっと見つめる視線から、逃げられなかった。
「──ただ、そなたと、笑顔で過ごすことだけだ」
「……っ」
ふわりと抱きしめられる。
ノアリスは短く息を漏らし、震える手でカイゼルの服を握り返した。
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