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第77話

「デュラシアは国こそ小さいが、人口は多く、そのため我々と同じく武力もある。彼らが必要としているのは、領土と、医術だ」 「……」 「人口が多い分、資源や食料や水がいる。それに、病や怪我も多い」  ノアリスは「なるほど」と一度頷き、少し考えるように首を傾げた。  その仕草が愛おしくて、カイゼルの視線が自然とそこに落ちる。 「……デュラシアとの戦は、これが初めてなのですか?」 「いいや、初めてではない。……いや、厳密に言うと初めてか……? デュラシアと同盟を組んでいる国がある。それはフェルカリアの北にある国なんだが……」 「……つまり、同盟国が出張って、本陣は大人しかったというわけですね?」 「でばっ……!?」  カイゼルは思わず目を見張り、すぐにふっと笑った。 「まさか、ノアリスから『出張って』なんて言葉を聞くとは思わなかった」 「ぁ……わ、悪い言葉でしたか? 申し訳ありません……」 「いいや、構わない。好きな言葉を使ってくれ」  ふっと緩む笑顔。  その優しい表情を見ていると、重苦しかった胸の奥が少しだけ和らいだ。  けれど――現実は甘くない。ノアリスは意を決して尋ねた。 「……今度の戦は、どうなるのですか」 「……正直に言えば、長引く可能性が高い」 「っ……」  小さく息を飲んだノアリスを安心させるように、カイゼルはすぐに「大丈夫だ」と言って微笑んだ。 「今回の戦で肝になるのは橋だ」 「……橋?」  カイゼルは頷き、部屋を見渡すと、紙とペンを手に取った。  卓上に広げた紙へサラサラと線を描きながら、簡易な地図を作っていく。  その指の動きに、ノアリスは思わず身を乗り出して見入ってしまう。 「フェルカリアとデュラシアの間には、国境を隔てる大河がある。唯一渡れるのがこの船橋だ」  ペン先が地図の上に丸を描いた。 「ここを押さえきれば、勝利だ」  戦略の話なのに、その声は穏やかで、恐ろしさはなかった。  彼はきっと勝利すると確信している。  ノアリスはその声音に少しだけ救われた気がした。 「その橋を、守るための戦なのですね」 「そうだ。フェルカリアの王もそれを理解している。俺たちは支援の形で兵を送るが、今回指揮を執るのはフェルカリアだ」 「……そうなのですね」 「……。心配要らない。無駄に血を流させるつもりは無い。それに……ノアリス、そなたは俺と共にここにいる。そなたの身に何かが起こることはない」  柔らかな声が耳に落ちる。  ノアリスはその意味をゆっくりと胸の中で噛みしめながら、ただ静かに頷いた。  兵士たちの傷を癒すために、苦しまなくていい。  暗にそう伝えたカイゼルは、ノアリスの頬を優しく撫でてそっと肩を抱いたのだった。

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