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第78話

 戦の話を聞いてからはや二週間。  ノアリスは変わらない日々を過ごしている。  朝食を食べロルフと遊び、時折カイゼルと昼食を食べては読書やロルフと昼寝をしたり、そして夜にはカイゼルと食事をして、ゆっくりと眠る。    戦が始まると聞いていたのに、相変わらず穏やかな日常は、しかしよりノアリスを不安にさせた。  以前出会ったブラッドリーもそうだが、城を警備している兵士たちもどこか慌ただしくしているのに、ノアリスの周りだけが時間から取り残されたようだった。  窓の外にはいつも通りの青空が広がっていて、笑い声も聞こえる。  ──それなのに、胸の奥だけが冷たく沈んでいる。 「……戦なんて、無かったらいいのに」  ぽつりとこぼれた声に、足元でロルフが小さく鳴いた。  けれど今日はカイゼルと昼食を共にする約束をしている。  そして、もう少しでその約束の時間だ。  ノアリスは心配をかけてはいけないからと、いつも通りでいようとしていた。  コンコン、扉がノックされる。  大袈裟に肩を揺らしたノアリスは控えめに返事をした。 「ノアリス様、コンラッドでございます。少しよろしいでしょうか」 「!」  朝の支度をしてくれたことのある優しい人。  ノアリスは少し悩んでから「はい」と言って、扉が開くのを待つ。 「失礼いたします」 「ぁ……お、おはようございます」 「おはようございます。ノアリス様」  恭しく一礼した彼を、ノアリスは緊張して両手を握りながら見つめる。 「陛下のことでご報告が」 「陛下……カイゼル様に、何か……っ?」  報告だなんて受けたことがなかったから、もしかして誰かに襲われたり、怪我をしたりしたのではないかと、少し大きな声が出てしまった。 「いえ、そうではありません。本日はノアリス様と昼食のお約束をなさっていましたが、軍議が長引いておりまして、お越しになれません」 「ぁ……」  何かがあったわけではないから安心なのだが、その姿を見れないことが寂しく思えた。 「……そう、ですか。お忙しいのですね」 「はい。……実の所、ここ数日はほとんど休まれておらず……」 「っ……」  休んでいない――その言葉が胸に刺さる。  無理をしていないだろうか。  食事はきちんと摂っているだろうか。  自分のことばかり気にかけてくれる彼を、急に遠く感じた。 「……わかりました」 「陛下はノアリス様に会いたがっておられました。夕食はきっと、一緒に召し上がっていただけますよ」 「……はい」  コンラッドが去り、扉が静かに閉まる。  残された静寂の中、ノアリスはふと窓の外を見上げた。  陽射しは穏やかなのに、胸の奥が冷えていく。  ロルフが膝に頭をのせて鳴いた。 「……ロルフ。カイゼル様、大丈夫かな」  ふわりと撫でるその手が、少し震えている。  しかし、その日から、カイゼルは姿を見せなかった。  朝も、昼も、夜も。  ノアリスは心配を隠して穏やかに過ごそうとしたが、夜になるたび優しく名前を呼んでくれる彼を待ってしまう。 「……はぁ」  一日の間で、何度も無意識に溜息を吐いていた。

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