80 / 91
第80話
ふわふわした頭でロルフを撫でる。
朝日が差し込む部屋は静かで、ノアリスは「起きなきゃ……」と小さく呟いてから体を起こした。
ロルフが欠伸をこぼして、それにつられノアリスも小さく欠伸をする。
今日もカイゼル様と一緒にお食事はできないのだろうか……と、少し肩を落としていると、コンコンと控え目なノック音がした。
ロルフが「ワンッ」と返事をすると、そろっと開けられた扉。
ノアリスは未だベッドの上に座ったまま、そちらに顔を向ける。
「ノアリス様、お目覚めでしょうか」
「イリエント……?」
顔を覗かせたのはイリエントだった。
いそいそとベッドから降りたノアリスに、イリエントは少し困ったような頬笑みを浮かべていた。
「朝早くに申し訳ありません。身支度がお済みになりましたら、少しお付き合いいただけませんか?」
「……? 何か、ありましたか……?」
「……実は、陛下が倒れてしまいまして」
「えっ……!?」
寝ぼけ眼だったノアリスは、大きな目をさらに見開いた。
「た、倒れた……なぜ……っ? 怪我を、怪我をなさったんですか……?」
「いいえ、違います。どうか落ち着いて」
「カイゼル様……カイゼル様に、なにか……ぁ、で、でも私、卵、う、産めない……っ」
「大丈夫です。大丈夫ですから」
心ばかりが焦って思ったように話せずにいると、イリエントの手がそっと肩に触れた。
その温もりに縋るようにして、ノアリスは頷く。
「身支度を整えましょう。その後、ご案内します。ゆっくりで大丈夫です」
「……はい……」
ノアリスは用意してもらった水で顔を洗い、いそいそと髪を梳いて服を着替えた。
心配そうに見上げているロルフには留守番をお願いして、待っていてくれたイリエントと一緒に部屋を出る。
「ここ最近は休む間も、まともにお食事を摂るお時間も無かったものですから、お身体も限界だったようです。休むようにお伝えしていたのですが、戦のこととなるといつもこうで……」
歩きながら話を聞くけれど、ノアリスは不安でたまらなかった。
あの優しいお方に何かがあったら──。
想像したその時、ノアリスはあの痛みを思い出した。
卵さえあれば、救える。
もしも、カイゼル様に何かがあったなら。
「ノアリス様、お顔のお色が……」
「っ、だ、大丈夫、です」
「……。カイゼル様もよく休めばすぐに良くなるはずですから、お傍に居て差し上げてください」
「お傍に……?」
カイゼルの部屋の前に着いた二人。
イリエントは静かに頷き、微笑んだ。
「あのお方に一番効くのはノアリス様です」
「……?」
「貴方様がお傍にいるだけで、癒されるのですよ」
ノアリスはその意味を上手く理解できなかったが、イリエントは嘘を吐かない正直な人だと知っているから、ただ静かに頷いた。
開かれた扉。
広い部屋に置かれている広いベッド。
そこに近づけば、穏やかな寝息が聞こえてきて、天蓋を開け中に入れば、数日ぶりに見るカイゼルの姿に、ノアリスは目の奥をツンとさせた。
ともだちにシェアしよう!

