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第80話

 ふわふわした頭でロルフを撫でる。  朝日が差し込む部屋は静かで、ノアリスは「起きなきゃ……」と小さく呟いてから体を起こした。  ロルフが欠伸をこぼして、それにつられノアリスも小さく欠伸をする。  今日もカイゼル様と一緒にお食事はできないのだろうか……と、少し肩を落としていると、コンコンと控え目なノック音がした。  ロルフが「ワンッ」と返事をすると、そろっと開けられた扉。  ノアリスは未だベッドの上に座ったまま、そちらに顔を向ける。 「ノアリス様、お目覚めでしょうか」 「イリエント……?」  顔を覗かせたのはイリエントだった。  いそいそとベッドから降りたノアリスに、イリエントは少し困ったような頬笑みを浮かべていた。 「朝早くに申し訳ありません。身支度がお済みになりましたら、少しお付き合いいただけませんか?」 「……? 何か、ありましたか……?」 「……実は、陛下が倒れてしまいまして」 「えっ……!?」  寝ぼけ眼だったノアリスは、大きな目をさらに見開いた。 「た、倒れた……なぜ……っ? 怪我を、怪我をなさったんですか……?」 「いいえ、違います。どうか落ち着いて」 「カイゼル様……カイゼル様に、なにか……ぁ、で、でも私、卵、う、産めない……っ」 「大丈夫です。大丈夫ですから」  心ばかりが焦って思ったように話せずにいると、イリエントの手がそっと肩に触れた。  その温もりに縋るようにして、ノアリスは頷く。 「身支度を整えましょう。その後、ご案内します。ゆっくりで大丈夫です」 「……はい……」  ノアリスは用意してもらった水で顔を洗い、いそいそと髪を梳いて服を着替えた。  心配そうに見上げているロルフには留守番をお願いして、待っていてくれたイリエントと一緒に部屋を出る。   「ここ最近は休む間も、まともにお食事を摂るお時間も無かったものですから、お身体も限界だったようです。休むようにお伝えしていたのですが、戦のこととなるといつもこうで……」  歩きながら話を聞くけれど、ノアリスは不安でたまらなかった。  あの優しいお方に何かがあったら──。  想像したその時、ノアリスはあの痛みを思い出した。  卵さえあれば、救える。  もしも、カイゼル様に何かがあったなら。 「ノアリス様、お顔のお色が……」 「っ、だ、大丈夫、です」 「……。カイゼル様もよく休めばすぐに良くなるはずですから、お傍に居て差し上げてください」 「お傍に……?」  カイゼルの部屋の前に着いた二人。  イリエントは静かに頷き、微笑んだ。 「あのお方に一番効くのはノアリス様です」 「……?」 「貴方様がお傍にいるだけで、癒されるのですよ」  ノアリスはその意味を上手く理解できなかったが、イリエントは嘘を吐かない正直な人だと知っているから、ただ静かに頷いた。  開かれた扉。  広い部屋に置かれている広いベッド。  そこに近づけば、穏やかな寝息が聞こえてきて、天蓋を開け中に入れば、数日ぶりに見るカイゼルの姿に、ノアリスは目の奥をツンとさせた。

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