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第83話
音もなく目を開ける。
カイゼルはぼんやりと天井を眺めていた。
──ああ、そういえば、倒れたのだったか。
ぼんやりと記憶を辿り、眠る前にノアリスと話したことを思い出す。
あのあとノアリスは──と考えかけたところで、モソモソと掛け布が揺れた。
視線を下ろせば、そこには小さく丸まって眠るノアリスの姿。
「……」
少し驚いて、カイゼルは何度か瞬きをした。
よく見れば、その細い体には何も掛かっていない。
何かを掛けてやりたい──そう思ったが、彼は掛布の上で眠っている。
動かせば起こしてしまうだろう。
それに……。
ノアリスの白魚のような手が、自分の手をしっかりと握っていた。
その温もりが、あまりにも愛しくて。
カイゼルは、そっと息を吐いた。
手を離す気には、とてもなれなかった。
そっとノアリスの頭を撫でる。
『共に眠ってほしい』とは言ったが、まさか本当に一緒にいてくれたとは。
その柔らかな髪を撫でているうちに、ノアリスのまつげがかすかに揺れた。
やがて、静かに瞼が開かれる。
「……ぁ、カイゼル様……」
状況を思い出したのか、カイゼルの名前を呟いた。
ノアリスが体を起こすと、二人の視線が絡まる。
「っ! カイゼル様、お、お目覚め、でしたか……!」
「ああ、おはよう」
「おはようございます……」
少し乱れた髪を整えるノアリスは、ほんのり顔を赤く染めている。
「寒くなかったのか? 何も掛けていなかったが」
「ぁ……いえ、あの……傍にいたので、寒くはありません、でした」
「! そうか」
カイゼルは『くっついていたから、温かかった』と都合のいい変換をして、内心喜んでいた。
まあ実際、ノアリスが言いたいことはその通りであったので、思い込みというわけではないのだけれど。
「カイゼル様、朝食はいかがされますか……?」
「ああ、そうだな……食べに行くか」
「はい。えっと……共にしても、よろしいでしょうか……」
「もちろんだ」
二人はそうしてベッドから抜けると、コンラッドを呼んだ。
先に身支度を済ませたカイゼルは、ノアリスがいつ「おしまい」と言ってもいいように、傍で静かに座って待っている。
柔らかく揺れる金の髪が、朝の光を受けてきらきらと輝いていた。
ここ最近は戦や政務のことばかりで心が塞がっていたせいか、その光景がやけに穏やかに感じられる。
「……ノアリス」
「は、はい」
「……いや。なんでもない」
そう言って、ほんの少しだけ微笑む。
戸惑ったように目を瞬かせたノアリスが、困ったようにぎこちなく口角を上げた。
部屋には、柔らかな陽の光が静かに差し込んでいた。
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