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第87話
ノアリスはロルフと遊びながら、時折カイゼルを見ていた。
彼はやはり体調が万全では無いようで、用意させた椅子に腰掛けこちらを眺めている。
しかし、その口元には緩い笑みが浮かんでいて、今この空間を楽しんでくれていることがわかった。
「ロルフ。カイゼル様は、少し体調が悪いから、飛びついちゃダメだよ」
「わふっ!」
「尻尾でお顔を叩くのもダメだよ」
実はたまにロルフの尻尾で頬を叩かれるノアリスは、イタズラ交じりにそう言ってロルフの顔を優しく撫でる。
「ノアリス、暑くなったなら少し休憩するんだぞ」
「ぁ、はい……!」
「ロルフも、水を置いているから喉が渇いたら飲みなさい」
名前を呼ばれたロルフが嬉しそうに走っていく。
「あっ、ダメっ……!」
叫ぶより早くロルフは跳びつき、ノアリスの心臓がぎゅっと縮む。
「おぉ……重たいな……」
しかし流石は戦場を駆け巡っていた王なだけあって、ロルフに飛びつかれたくらいではよろけもしない。
ノアリスならコロコロと転がっているところだろうに。
ヒヤヒヤしていたノアリスは、カイゼルが無事ロルフを抱きとめて力強い指先で背中をさすっている姿を見てホッと息を吐いた。
「ノアリス。ロルフはいつもこう……飛びついてくるのか?」
「あ……は、はい。嬉しい時には……」
「嬉しい時? 何か嬉しいことがあったのか……」
悩んでいるように眉を寄せたカイゼル。
ノアリスは彼に近寄ると、そっとロルフの柔らかい毛を梳くように手を滑らせる。
「カイゼル様に名前を呼ばれて、嬉しかったのだと、思います」
「名前を……。そうか。可愛いな」
「はい。とても可愛くて、賢い子です」
ノアリスにとって、大切な友達。
二人に撫でられ、心做しか笑っているように見えるロルフは、尻尾を激しく振ってノアリスの脚をペシペシと叩いているのだが、それすらも可愛らしい。
「──ずっと、」
口にした瞬間、自分で驚いて息を呑んだ。
けれど胸に溜めていた想いは止められず。
「ずっと、このまま……カイゼル様と、ロルフと、穏やかに過ごしていたいです」
「……」
「誰にも、奪われたく、ありません。戦にも、兄や父にも……この幸せを……」
ロルフを抱きしめる。
大きな手が、そっとノアリスの頭を撫でた。
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