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第89話
今日は一日、何をすることなく休むこととなったので、カイゼルはさて何をしようか、と考えながら部屋に戻り、ロルフの毛並みを櫛で整えているノアリスを眺めていた。
「ロルフ、ゴロンしてね」
優しい声が落ちた瞬間、ロルフは素直に床へ寝転がり、ころんと腹を見せる。
初めて見る光景に、カイゼルは思わず感嘆の声を漏らした。
「……そんな芸ができるようになったのか」
「はい。櫛でとくたびに、『ゴロン』って言い続けたら、覚えてくれて」
ロルフはヘッヘッと喉を鳴らしながら尻尾を揺らし、ときおりカイゼルの方へ視線を向ける。
まるで『いいでしょう?』と言わんばかりに口角まで上げていた。
「ノアリス」
「……はい」
ブラッシングが終わって満足したロルフは、ノアリスの足元で眠り始める。
カイゼルはそっとノアリスを手招きし、傍に座らせた。
隣に腰を下ろした途端、細い腰に腕を回して引き寄せると、ノアリスの頬がゆるりと赤く染まる。
「か、カイゼル様、近い……です……」
「嫌か?」
「い、いえ! 嫌では……決して……その……恥ずかしくて……」
目を泳がせながら必死に弁解する姿に、カイゼルは抑えきれないほど愛しさを覚え、低く息を吐いた。
「……ああ。愛しいな」
囁きながら、腕の力をほんの少しだけ強める。
ノアリスは小さく肩を震わせながら、ゆっくりとカイゼルに身を預けた。
「俺に触れられることは、もう怖くないか?」
「ぁ……はい。今は、カイゼル様であれば、怖くありません」
「よかった」
金色の髪を一束掬い上げ、そっと口付ける。
柔らかく滑り落ちる髪は、触れるたびに指の間から零れ落ちていった。
「ノアリスは……どこもかしこも美しいな」
「っ! ありがとう、ございます……。ですが、カイゼル様も、とても、逞しくて……素敵です」
そう言いながら、ノアリスはそっとカイゼルの肩に手を置き、甘えるようにその胸へ頬を寄せる。
鼓動が耳に触れ、自然と大きく息がつけた。
「カイゼル様」
「ん?」
「ここで、少しお休みください。明日から、また……お忙しくなるのでしょう?」
「……そばにいてくれるのか」
「貴方様にお望みいただけるのであれば」
顔を上げたノアリスは、恥ずかしげに頬を染めながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「私のもとで……少しでもお休みいただけるのなら。それは……心から、嬉しいことです」
その声には、不器用なほど真っ直ぐな想いが滲んでいて。
ノアリスは勇気を振り絞るようにそっと手を伸ばし、カイゼルの大きな手を両手で包んだ。
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