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第90話

 ノアリスはそのまま、不器用にカイゼルの手を揉んでいた。  厚くて硬い皮膚は、幼い頃から剣を握り戦ってきた者のそれだ。  豆が潰れ、また新たな豆が生まれる――その繰り返しを、きっと何度も経験してきたのだろうと、ノアリスは自然に想像していた。  少し疲れた指先を休め、顔を上げてカイゼルを見る。  彼は目を閉じ、胸の上下だけが静かに揺れる穏やかな呼吸をしていた。  戦場で戦ってきた彼が、今こうして無防備に眠っている――その光景に、ノアリスの胸がじんわりと温かくなる。  しかし、だ。  何も体に掛けてはいない。このままでは体調が悪化するのではないかと、少し心配になる。 「掛けるもの……」  そっと手を離し、カイゼルから離れたノアリスは、ベッドに掛けられた掛布を手に取る。  そして、眠る彼の体にそっと優しく掛けた。  ノアリスはカイゼルの隣に再びちょこんと腰を下ろす。  彼の横顔を眺めながら、胸の奥がじんわりと高鳴るのを感じていた。  カイゼルはよく、ノアリスの髪を美しいと褒めてくれる。  けれど、ノアリスからすればカイゼルの漆黒の艶やかな髪も美しく、触れてみたいと思わせるほどだ。  ノアリスは彼を起こさないようにそっと手を伸ばし、毛先に触れる。  思っていたより硬く、しっかりとしていた。自分の髪とはまったく違う。緩くカールしているのも、どこか可愛らしい。 「ふふ……っ」  思わず笑みが漏れ、慌てて口を手で覆う。  最近はこうして自然に笑みを零すことも増えてきた。  これは間違いなく、カイゼルやロルフ、イリエント、そして城の中で自身を支えてくれる人たちのおかげだ。  まだ侍従をつけてもらうのは怖いけれど、いつか陰で働いてくれている人たちにも感謝を伝えたい。  静かにカイゼルを見つめ、ノアリスは穏やかに口角を上げた。

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