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第95話
少し外が騒がしい。
それに気がついたのは、ノアリスがブラッドリーに慣れてきた頃だった。
好きな食べ物の話をして、穏やかに微笑んでいたとき。
ブラッドリーは外の騒がしさに一瞬眉を寄せ、しかしノアリスを怖がらせまいと平然を繕っていた。
外の状況がわからない。この小さな騒音はなんだ。何か、良からぬものが近付いてきているのか。
今すぐに状況を把握したいが、ノアリスの傍から離れることもできない。
「……ブラッドリー……?」
「はい」
そんなブラッドリーの不穏に気付いたのか、ノアリスが遠慮気味に彼の名を呼んだ。
「何か、ありましたか……?」
「いいえ、何もありませんよ」
「……外が、いつもより、騒がしい気が、します」
「ご安心ください。私がおりますから」
「……あ、あに、兄が、きたので、しょうか」
ブラッドリーは笑みを深くすると、ノアリスのすぐ傍に片膝を着いた。
「もし、仮に、皇太子殿がいらしても、私が去ることはありません」
「っ、」
「私は陛下に忠誠を誓う騎士です。陛下の命令にのみ従います。ですから、何があろうと貴方様の傍におります。ご安心なさい」
迷いの無い瞳にノアリスは頷いた。
疑う余地など、そこには微塵もない。一度深く息を吐いて、不安を消し去るために話題を探す。
「あ、あの……ブラッドリー」
「はい」
「……あ、貴方は、どうして、騎士に……?」
何故この国の騎士になったのか、そしてカイゼルに忠誠を誓っているその理由が少し気になった。
ブラッドリーは「どうして……?」と自分自身で確認するように言葉を繰り返すと、柔らかい笑みを口元に浮かべる。
「私は元々、戦災孤児でした」
「え……っ」
想像もしていなかったブラッドリーの過去に、ノアリスは目を見張ると、落ち着きなく両手を揉む。
「生き残るために剣を取りました。そんな私を掬い上げてくださったのが、陛下です」
「掬い上げる……」
ノアリス自身もそうだ。
カイゼルに差し伸べられた手。その手を取ってここまで連れてきてもらった。彼に導かれた道を歩いたからこそ、今、ここに立っていられる。
「陛下は私を決して馬鹿にしなかった。出自が明確ではないからと、排除しなかった。その恩をお返ししたい」
「……」
「陛下は、私が出会った時から何一つ変わりません。救いの手を差し伸べてくださる御方。時々あまりにも距離が近くて友人かのように錯覚してしまうほどですが……あの御方には壁がない。だからこそ甘えられる。そして……危ない橋を渡られることもある」
ノアリスはドキリとした。
危ない橋。それはまさに今、この状況のことかもしれないと思って。
「ですから、何があったとしても守らねばなりません」
「で、でも、だったら……カイゼル様のお傍にいる方が──」
「いいえ。あの御方が守りたいと思うものを守ることが大事なのですよ。守りたいものが壊れてしまっては、陛下が崩れてしまわれるかもしれない」
ブラッドリーの言葉には一切の迷いがなくて、ノアリスはギュッと手を握り、自分自身がブラッドリーに守られることの意味についてを深く理解した。
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