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第96話

 そうして話しているときだった。  ──ドンッ  重たい衝撃音が扉に響く。  ノアリスの肩が大きく跳ね、ロルフが一瞬で立ち上がり、唸り声を上げた。 「っ、な、なんで、しょう……っ」  ブラッドリーの表情が変わる。  先ほどまでの穏やかさは消え、鋭く冷えた目が扉へ向けられる。 「下がってください、ノアリス様」  短く告げると同時に、腰の剣に手をかける。 「ロルフ、ノアリス様から離れてくれるなよ」 「わふっ!」 「ぶ、ブラッドリー……」  ノアリスの声が震える。  次の瞬間、  ──バンッ!!  扉が乱暴に開かれた。現れたのは、鎧姿の男。  ノアリスは大きく目を見開いた。  見間違えるはずがない。そこにいるのは、兄であるルーヴェンだ。 「……久しいな、ノアリス」  低く落ちた声に、呼吸が止まる。 「っ、」  ブラッドリーが一歩前に出る。ノアリスを背に庇いながら、静かに頭を下げた。 「初めまして。私はカイゼル陛下に仕える騎士、ブラッドリーと申します」  礼は尽くす。しかし、その視線には明確な敵意があった。  ルーヴェンの後ろには彼が引き連れてきたであろうフェルカリアの騎士達と、「お止め下さい!」と声を上げるルイゼンの側仕え達がいる。  冷ややかな瞳と視線が交わる。  ブラッドリーはしかし、そんな視線を笑顔で受け止めた。  その場に満ちた空気が、一瞬で張り詰める。  ルーヴェンはゆっくりと室内へ足を踏み入れる。  鎧の軋む音が、やけに大きく響いた。 「折角私がルイゼンに来たというのに、出迎えもなく、随分と手厚い警備だな」  視線はブラッドリーへ向けられているが、しかし言葉はその奥──ノアリスを捉えている。 「陛下の大切な御方ですので」  ブラッドリーは一歩も退かない。声音は穏やかだが、そこに揺らぎなどなかった。 「……退け」  短い命令。しかしブラッドリーはやはり微動だにしない。  眉を寄せるルーヴェンに、相変わらず穏やかな笑みを浮かべていた。 「申し訳ありません。私は陛下の命にのみ従います」  ルーヴェンの眉がわずかに動く。  背後の騎士たちの気配が、ぴり、と張り詰めた。 「……ただ弟に会いに来ただけだというのにか」 「承知しております」  即答するがしかし、次の言葉は一切緩むことはない。 「それでも、退くことはできません。ところで……無礼を承知でお尋ねしますが、ここにいらっしゃることを陛下にお伝えされましたかな」 「っ……」  煽るような言葉を静かに聞いていたノアリスの喉が、かすかに鳴った。  視線を向けることすらできない。ただただ、体が勝手に強張る。 「……ノアリス」  これまで呼ばれたこともないあまりにも優しい声で兄に名前を呼ばれた瞬間、びくりと肩が震えた。  ルーヴェンの声が、今度ははっきりと向けられる。 「そんなところに隠れていないで、こちらへおいで」  柔らかい言葉なのに、拒否を許さないと感じさせるような命令の響き。  そこには優しさではなく、支配の色だけを感じさせる。

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