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第98話

 その言葉が落ちた瞬間、ルーヴェンの目が、ゆっくりと細められた。 「……そうか」  低く、感情を削ぎ落とした声。それは先ほどまでの苛立ちとは明らかに違っていた。冷えきった怒りだ。彼は一歩、さらに距離を詰める。  ノアリスの指先が氷のように冷たくなっていく。 「誰に生かされていると思っている」 「っ……」 「お前は元々、フェルカリアのものだ」  その言葉は、ノアリスに鎖のように重く絡みつく。 「どこにいようと、それは変わらない」  ──違う。  胸の奥で、何かが小さく反発した。 「っ……ちがう……」  か細い声。それでもノアリスにとっては精一杯の声だった。  ルーヴェンの視線が鋭くなる。 「……何だと?」 「ちが、います……っ」  震えながら、ノアリスは顔を上げた。 「わ、私は……っ」  言葉が詰まる。  怖い。けれど、それでも。 「ここに、います……っ! フェルカリアの、モノでは、ありません……!」  絞り出すように、言った。  その瞬間――ブラッドリーが一歩踏み込み、完全にノアリスの前に立つ。  剣はまだ抜かない。しかし、その気配は明確な対峙へと変わっていた。 「これ以上は、お引き取りください。ここより先は、一歩たりとも通しません」  対してルーヴェンは、ゆっくりと息を吐いた。 「……なるほど」  そして、薄く笑う。 「カイゼル陛下にも、随分と躾けられたようだな」  その言葉に、ブラッドリーの目がわずかに冷えた。 「訂正を」  静かに、はっきりと告げる。 「ノアリス様は、誰かに従うためにここにいらっしゃるわけではありません」  一瞬の沈黙。  その直後――廊下の奥から、重い足音が響いた。  カツ、カツ、と規則正しく近づいてくるその音に、ブラッドリーの表情がわずかに緩む。 「……やっとか」  そして彼が小さく、そう呟いた。  その次の瞬間。  開いたままの扉の向こうに、影が差す。 「──勝手に人の城を荒らしていると聞いたが」  低く、よく通る声。  空気が、一変した。  カイゼルが、そこに立っていた。

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