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第101話
ノアリスはカイゼルの腕の中で、しばらくぼんやりと宙を見て何も考えないようにしていた。
今、何かを考えるとそれが兄に繋がる気がして、それが最終的に行き着く先はあの嫌な記憶になると思ったから。
「ノアリス、何か腹に入れよう」
「……」
カイゼルの声にも反応することなく、自分の心を守るために一度世界を真っ白にする。
「イリエント、念の為に医者を」
「もう手配しております」
声の届かない様子を見て、カイゼルはノアリスの精神に異常が起こっていると思い、周りに指示を飛ばす。
「ノアリス。ノアリス、聞こえるか」
「……、」
羽毛のように暖かく柔らかい声に、ノアリスは僅かに顔を上げると不意に絡まった視線にゆっくりと目を見開き、そして、カイゼルの名前を呼んだ。
「ああ。よかった」
「……すみません。少し、意識が……遠くにあった、みたいで」
「かまわないさ」
優しく頬を撫でられ、かと思えば抱きしめられる。その強い力は少しだけ痛かったけれど、ノアリスは小さく息を吐くと彼の背中に手を回した。
「──嬉しかったぞ」
「え……?」
カイゼルの言葉通り、彼は本当に嬉しそうな声でそう言って朗らかに微笑む。
「ここにいると言ってくれた」
「ぁ、」
「俺はそれが心底嬉しい。ありがとう」
「!」
チュッと唇が触れる。
驚いて僅かに身を引いたノアリスを、カイゼルは抱き寄せて再び口付けを落とした。
みんなに見られている。それがとてつもなく恥ずかしいのに、彼と触れ合っているこの時が心地良い。
乾いた心に優しい雨が降るような、そんな気持ちだ。
「皇太子のことは……突然のことで、驚かせてしまっただろう。まさか帰るように言ったはずが、ここに押し掛けるとは思わなかった。すまない」
「ぁ……そ、そんな、カイゼル様は何も……」
「いいや。怖い思いをさせてしまった」
苦しげな表情をした彼に、ノアリスは少し困惑したあと、真白い手でカイゼルの左頬に触れ、右頬に唇で触れる。
「カイゼル様が、来てくださいました。それに、ブラッドリーと、ロルフもいてくれた。だから、大丈夫です」
「……」
「……? カイゼル様……?」
ノアリスの声に、カイゼルははっとしたように目を瞬かせた。そしてほんのり笑みを浮かべ、優しく抱きしめる。
「まさか、そなたから口付けをもらえるとは」
「!」
耳元でくつくつ笑いながら言う彼に、ノアリスはやっぱり恥ずかしくなって、彼の肩に顔を埋め、暫く顔を上げることができなかった。
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