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第114話
朝食を食べ終えた二人。
カイゼルはノアリスを部屋まで送り、ロルフと朝の挨拶をしたあと、すぐにイリエントのもとに向かった。
例の件──それは以前より調べるように伝えていた、ノアリスの卵のこと。
だからこそノアリスの前で話せる内容ではなかった。
イリエントの元に行くと、彼は冷えた顔をしていた。
ソファーに座り、出された紅茶を飲みながら「それで、どうだった」と切り出す。
「ええ。私がこれまで聞いたことのあるどの事案よりも胸糞悪い結果となりました」
「……俺達の考えていた通りか」
「……はい。ですが、全ての卵がそういうわけではないようです」
カイゼルの目が鋭くなる。しかしイリエントは怯まない。
「と、いうと?」
「おそらく……命を宿した卵もあったと。それは産卵後まもなく分かるものではなく……暫くして蠢く光が見られたと。しかし今まで確認されたのはたった一つ」
「……その卵はどうなった」
「……わかりません。しかし不気味であったから誰かが捨てたという噂だと」
大きく息を吐く。
だらしなく背もたれに背を預け、目元を手で覆った。
「もしかすると、どこかで産まれているのかもしれない、ということか」
「それも……わかりません。そもそも……近しい血が交わってできた子は……」
そこで言葉を切り、イリエントは一度だけ視線を伏せた。
「言うな。あまりにも哀れだ」
低く吐き捨てるような声だった。
交合うことを強要され、無理矢理産まされた卵。その多くは医療に使われるが、しかしごく稀に──命を宿したものもあった。
「こんなこと、ノアリスに話せるはずがない」
「……ええ。しかしながら、陛下」
「……」
「世継ぎの可能性が──」
「黙れっ!!」
部屋の空気が凍りついた。
叩きつけるような怒声に、カップの中の紅茶がわずかに揺れる。
イリエントですら一瞬だけ言葉を失った。
しかしすぐに、いつものように淡々と息を吐く。
「……予想通りの反応ですね」
「当然だろう。ノアリスに、そんなこと──」
言葉が続かない。
拳を握りしめるカイゼルの手は、白くなるほど力が込められていた。
「しかし、王妃となるのであればノアリス様にもその責任が生まれます」
静かに現実を突きつけられる。
それが余計に、胸の奥を抉った。
「……分かっている」
低く、押し殺した声。
「分かっているが……それでも、ノアリスの傷を抉るようなこと、できるはずがない……」
国の為には世継ぎが必要だ。
しかし、だからといって、これまでノアリス自身が苦しめられていた方法で、またできるかも分からない子供を作ろうとするなんて、そんなことは許されるはずがない。
「何も今すぐとは申してません。しかしながら、陛下はルイゼン国の王です。国の存命に関わります。ノアリス様にお子が望めないのであれば、何かしら方法を」
「……お前たちはそればかりだ」
「ええ。我々の仕事は国を守ることですので。──しかし、友として言うのならば……」
静かに言葉を切ったイリエントが、薄く笑う。
「この喧騒が終われば、ノアリス様と共にお逃げになればいい」
「……な、にを」
「そして、二人で幸せになりなさい。何にも囚われることなく、自由に」
「イリエント、」
「貴方は充分戦った。一人になってからも崩れることなく。周りに手を差し伸べ、国と、民とともにここまで歩んできた。たまの我儘くらい、皆許すはずですよ」
ハハ、と笑った彼はしかし一瞬にして表情をいつもの通りに戻す。
「まあ、宰相の私は許しませんが」
「……お前は、本当に……」
呆れたように言いかけて、言葉を失う。
怒るべきか、呆れるべきか、それとも感謝すべきなのか。
自分でも分からなかった。
ただ一つ、はっきりしているのは。
──ノアリスを、この手で守りたい。
それだけだった。
ゆっくりと息を吐き、カイゼルは椅子から立ち上がる。
「……会議の準備を」
「承知しました」
それ以上、何も言わない。
言えば、揺らいでしまう気がした。
扉へ向かいながら、ほんの一瞬だけ足を止める。
「イリエント」
「はい」
振り返らずに、低く告げる。
「お前が宰相であり、友であったこと、感謝するよ」
「!」
再び歩き出したカイゼルの背中を見送りながら、イリエントは小さく息を吐く。
「……困った王だこと」
そう呟いた声は、どこか柔らかかった。
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