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第118話
目を覚ましたノアリスの視界には、カイゼルの胸元だけが映っていた。
規則正しく上下するそこに耳を寄せ、鼓動を感じる。それだけが今、ノアリスの心を穏やかにしてくれた。
嫌な夢を見た。
何度も経験した、無理矢理卵を産まされるあの時のことを。
しかしその産まれた卵から蠢くような光が見えて、それがとてつもなく怖かった。
あれはもしかして、命を宿しているのかもしれない。
『もうやめて』と『怖い』何度も夢の中で叫んだ。けれど兄はやめてはくれない。
伸びてきた手が離れることなく、ずっとあの塔の中で──
「……ノアリス」
「っ!」
優しい声が降ってきた。
震えた体を、優しく撫でられる。
その手は夢のものとは違って、とても温かい。
「起きたか」
「ぁ……」
「すまない。怖い思いばかり、させて……」
ハッとして顔を上げれば、彼の目の下にはクマができていた。
呼吸が浅くなる。そっと伸ばした指先でそこに触れると、その手を取られ、頬を擦り寄せてくる。
「俺は大丈夫だ。……俺の不注意で、そなたに嫌な話を、聞かせてしまったんだな」
「っ……ぁ、の……」
「あとで、隠さずに全てを話そう。しかし、何を聞いても……」
一瞬、言葉を選ぶように息を詰める。
「──命を投げ出すようなことをしないと、誓ってくれないか」
「ぁ、あ……わ、わたし、は……」
グラグラと視界が揺れる。
柔らかく、しかし離さないとでもいうように抱きしめられ、ノアリスは震えながらその背中に手を回した。
彼から伝えられる話はきっと、卵のこと。
怖い。本当は何も知りたくない。けれど、これはきっと知らないといけないこと。
そんな矛盾した思いから涙が溢れて、カイゼルの服を濡らしていく。
「か、カイゼルさま、」
「……ああ」
「……っ、は、離さないで、ください、ますか……っ? わ、私は、それを聞いて……正気でいられるか、わかりません……っ」
カイゼルはノアリスの言葉に頷いた。
「……当然だ。何があろうと、離すものか」
そのまま強く抱き寄せ、逃げ場を与えないように腕に力を込める。
苦しいとすら感じるカイゼルのその力強さが、今のノアリスにはなにより安心できた。
確証なんてどこにもない。
それでも──この人は裏切ったりしない。この暗闇に、置いていくなんてこと、しない。
そう信じているから。
何よりも、誰よりも。
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