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第121話
カイゼルにもたれたまま、泣き腫らした目でぼんやりするノアリスは、鼻先を寄せてきたロルフに薄く笑いかけ、そっと頭を撫でた。
「ノアリス、何か飲み物を飲もうか」
「……はい」
泣きすぎて喉が乾いている。
カイゼルがコンラッドを呼び、すぐにノアリスの好きな果実水が運ばれてきた。
それを手に取って、揺れる水面を見つめる。
「カイゼル様……私、卵、産めないん、です」
「俺はそれを望んでない。産まなくていい」
「……痛いのは、怖い」
「もう痛みは感じなくていい」
優しく頭を撫でられる。
甘えるように擦り寄れば、小さく笑った彼に再び抱きしめられた。
「……カイゼル様」
「ああ、なんだ」
ノアリスはカイゼルの腕の中が一番安心できる場所だとわかっている。
彼の腕の中で、ずっと眠りたい。
こんなにもそれを望んだのは初めてだった。満たされたい。空っぽの身体を、隙間なく、彼に。
叶うなら、彼とひとつになりたいと、そう思って、それをそのまま口にしていた。
「……カイゼル様と、ひとつに、なりたい」
「……そ、れは、どういう意味だ」
もたれかかる彼の胸から、強く速い鼓動が伝わってくる。
「ぁ……」
「ノアリス……?」
「……」
はしたないと思われるだろうか。
穢らわしい過去がある自分を、彼は──……
「もしも、俺が思ったことと同じなら、俺は、とても嬉しい」
「っ、」
「……今の言葉は、どういう意味か、教えてくれるか」
「……その、」
言葉が喉に引っかかる。
自分でも、どう言えばいいのか分からない。
「……こわい、です」
「……ああ」
否定されないことで、少しだけ息ができる。
「でも……カイゼル様となら……」
「……」
視線を彷徨わせながら、それでも逃げずに続ける。
「……いやなもの、じゃなくなる、気がして……」
ぎゅ、と服を掴む。
「……あの、こわい、記憶じゃなくて……」
「……」
震える声で、それでも必死に。
「……しあわせなものに、できる、かもしれないって……」
カイゼルは、すぐには何も言わなかった。
心臓の高鳴りは少し落ち着いて、頭を抱き寄せられる。
「──そうか。……よく、話してくれた」
優しく、しかしどこか熱を帯びた声。
ホッとして体から力が抜ける。
「だが、少しでも怖いと思っている間は、無理をする必要は無い」
「……っ」
「本当に、ノアリスが心からそれを望んだ時に──」
「わ、私は……っ!」
「!」
「貴方様と、共に、在りたいから……っ」
言い切った瞬間、空気が張り詰めた。
珍しく大きな声で、今度はノアリスの心臓がドッドッと音を立て始める。
「……ノアリス」
低く呼ばれた声に、びくりと肩が揺れた。
「それは……俺を求めている、という意味でいいんだな」
「……ぁ、……は、はい……」
静かに、しかしはっきりと首を縦に振る。そうすればカイゼルの手が、ゆっくりと頬に触れた。
「……嬉しい」
柔らかな表情で、彼がそう言った。
流れた涙を、親指で拭われる。
「そなたが、俺を望んでくれることが。……だが……ひとつだけ、約束してくれ」
視線が絡み、真剣な瞳に捕えられる。
「怖くなったら、すぐに言え。どんな時でも、止める。そなたを傷つけるつもりは、一切ない」
「っふ……ぅ……」
「……約束してくれるか?」
そっと額が寄せられる。
目を伏せると、壊れ物に触れるかのように頭を撫でられた。
「俺も……そなたに触れたい」
ノアリスはそっと、カイゼルの唇に自らのそれを重ねる。
言葉はなくとも、それが応えだった。
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