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第133話

◇◇◇  パリンと陶器の割れる音が響く。  片膝をつくルーヴェンの足元には、王が今しがた投げつけた杯が粉々になって散らばっていた。  破片が飛び、ルーヴェンの手や顔に僅かな傷がつき、血が流れ出る。 「フェルカリアの皇太子ともあろう者が、なんと情けない姿かっ!」  王の声は怒気を含んでいた。  だがルーヴェンは、すぐには答えない。息を整えるように一度目を伏せ、それから静かに顔を上げた。 「……申し訳ありません」 「謝罪を聞きたいのではない!」  怒声が飛ぶ。  ルーヴェンはそれでも視線を逸らさなかった。  キリキリと拳を握り、奥歯を噛み締める。  何もしない、同じくお飾りの王であるくせに。  世間体だけを気にして、その玉座に座っておきながら、政治や戦は全て子任せ。  ノアリスという最大の武器であり、護りであるあの子を取られたのも、この王が無能であるせいだ。    ああ、いつまで。  いつまで、この裸の王の下で、立ち居振る舞わなければならないのか。   「戦に勝ったは良いが、負傷兵が多い。この戦の原因は全て、皇太子であるそなたにある」 「……」  ああ、苦しい。  苦しいぞ、ノアリス。  今ここに、あの塔に彼がいたのなら。  歪んだルーヴェンの心はそんな幻想を抱きながら、謁見の間を退き塔に向かう。  後ろを歩いてくる側近に「ついてくるな」と一言伝え、塔に入り、いつかノアリスが眠っていた硬いベッドを見下ろした。  ルーヴェンも、ノアリスに癒されていた、その一人である。  美しい弟に癒され、その愛情が歪み、戻れないところまで歪んだ結果、破断してしまった。  あまりにも愛おしくて、弟であるのに襲ってしまったことが全ての始まりだ。  痛みと困惑で泣き叫ぶ弟を押さえつけ、欲望がままに体を暴いた。  母は息子がおかしくなったと自死を選び、弟は──何故か、卵を孕んだのだ。  日に日に大きくなる腹。痛みで叫ぶ彼を使用人が押さえつけて産卵させる。  王に酷く叱責され、殴られたルーヴェンは、どうせその卵を捨てるのなら、彼が産んだそれとひとつになりたいと、気づけば食べていた。  おかしな味はしない。それどころか美味しい。  そしておかしな事に、王に殴られできた傷はみるみる治癒していく。  今、この瞬間。  またあの卵を食べたのなら。  王によって傷つけられた手や顔の傷も、一瞬にして消えてなくなるのだろう。  ルーヴェンは鼻で笑ったあと、足を重たく引き摺って自室に向かう。  鎧を廊下に脱ぎ捨てながら、部屋に入ると、クローゼットを開け、その奥にある隠し扉に入った。  そこには、数年前ノアリスが産んだ卵で唯一、轟く光を纏ったそれがある。  まるで鼓動なように、ドク、ドク……と一定の速度で蠢いている。 「お前は、卵か? 人間か?」  問いかけても返事があるはずが無い。  直径二十センチ程の大きさをした、楕円形の卵を胸に抱えたルーヴェンは、その殻に頬擦りをすると優しく口付ける。 「生まれてきても良いぞ。私が父で、母はノアリスだ」 「沢山愛してやろう。そなたが生まれる時を、待ち望んでいるぞ」  ルーヴェンの歪んだ心はもう戻らない。  戻れないところまで、来てしまっていた。 第三章 完

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