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第137話
コンコンと控えめなノック音が聞こえ、ノアリスはハッと顔を上げた。
父が亡くなったらしい。その報せはもちろんノアリスの耳にも届いていて、どこか寂しい気持ちにもなったのだが、塔に閉じ込められた時も助けてくれず、卵のことを知っても無視をした彼の人を、偲ぶことはできなかった。
それよりも、父が亡くなったのなら、父の場に立つのは皇太子であった兄。
その事実の方が、気になってしまう。
「ノアリス、カイゼルだ。入っても良いか」
「カイゼル様!」
ぼんやりしていたノアリスは立ち上がり、急いで扉を開けた。
彼は柔らかい表情でそこに立っている。
「フェルカリアの王……お父上のことを聞いたか」
「ぁ……はい。聞きました」
部屋に入ってもらい、ソファに腰掛ける。足元に寝転んでいたロルフが、カイゼルの足に尻尾で触れた。
「心は無事か……?」
「え? ぁ……あの、実の所、私は父に……それほど、関心がありません」
「……」
「目を閉じて、思い出を遡ろうとしましたが……何も思い浮かばないのです。おかしいでしょう? 父なのに」
ノアリスの少し申し訳なさそうな表情と声に、カイゼルは思わず笑ってしまった。
やはり、間違っていなかったらしい。
「カイゼル様……?」
「ああ。……失礼ながら、きっとそうではないかと思っていたのだ」
「え?」
「……気にしないでくれ。……ところでノアリス、この国に来て随分と経った。もう暑すぎる夏もすぎて、過ごしやすい秋だ。少し外に出て見ないか?」
「外……?」
お庭になら、いつも出ているのだけれど。
ノアリスはボールを指さし「ロルフもつれて行きますか?」と尋ねた。
「ああ、違う。城下だ。初めてだろう。穏やかな生活になった。今の間に街の人々と触れ合うのも良いのではと思ってな」
「城下……!」
少しだけ、興味があった。
この部屋にある大きな窓から見える街の景色。人々が多く行き交っているそこに、少し行ってみたいと思っていたから。
「よろしいのですか……?」
「もちろん。ずっとここに居ても息が詰まるに決まっている。中々平和な時が訪れずに外出を許可できなかった。今日は俺とデートだ」
「でーと?」
「逢瀬と言えばわかるか?」
「お、逢瀬……!」
ノアリスの顔が赤く染まる。
恥ずかしいが、しかし、嬉しい。
自身を傍に居ていい人なのだと、言ってくれているのだから。
「嬉しい、です。……あ、でも、服、どうしよう……」
「服?」
「逢瀬なのに……いつもの服しか、ありません……」
カイゼルはプッと吹き出すように笑う。なぜ笑われたのか分からないノアリスは困惑するが、そんな彼に構わず、カイゼルは強く強くノアリスを抱きしめた。
「今の姿でも良い。ノアリスはそのままで美しい。特別に着飾る必要はないさ」
「ぁ……」
「さあ、愛しい人。俺の手を取ってくれるか?」
差し出された手。
あの日、すくい上げてくれた時のことを思い出す。
そっと手を重ねたノアリスは、ふんわりと立ち上がると、彼に連れられて部屋を出た。
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