137 / 139

第137話

 コンコンと控えめなノック音が聞こえ、ノアリスはハッと顔を上げた。  父が亡くなったらしい。その報せはもちろんノアリスの耳にも届いていて、どこか寂しい気持ちにもなったのだが、塔に閉じ込められた時も助けてくれず、卵のことを知っても無視をした彼の人を、偲ぶことはできなかった。  それよりも、父が亡くなったのなら、父の場に立つのは皇太子であった兄。  その事実の方が、気になってしまう。 「ノアリス、カイゼルだ。入っても良いか」 「カイゼル様!」  ぼんやりしていたノアリスは立ち上がり、急いで扉を開けた。  彼は柔らかい表情でそこに立っている。 「フェルカリアの王……お父上のことを聞いたか」 「ぁ……はい。聞きました」  部屋に入ってもらい、ソファに腰掛ける。足元に寝転んでいたロルフが、カイゼルの足に尻尾で触れた。 「心は無事か……?」 「え? ぁ……あの、実の所、私は父に……それほど、関心がありません」 「……」 「目を閉じて、思い出を遡ろうとしましたが……何も思い浮かばないのです。おかしいでしょう? 父なのに」  ノアリスの少し申し訳なさそうな表情と声に、カイゼルは思わず笑ってしまった。  やはり、間違っていなかったらしい。 「カイゼル様……?」 「ああ。……失礼ながら、きっとそうではないかと思っていたのだ」 「え?」 「……気にしないでくれ。……ところでノアリス、この国に来て随分と経った。もう暑すぎる夏もすぎて、過ごしやすい秋だ。少し外に出て見ないか?」 「外……?」  お庭になら、いつも出ているのだけれど。  ノアリスはボールを指さし「ロルフもつれて行きますか?」と尋ねた。 「ああ、違う。城下だ。初めてだろう。穏やかな生活になった。今の間に街の人々と触れ合うのも良いのではと思ってな」 「城下……!」  少しだけ、興味があった。  この部屋にある大きな窓から見える街の景色。人々が多く行き交っているそこに、少し行ってみたいと思っていたから。 「よろしいのですか……?」 「もちろん。ずっとここに居ても息が詰まるに決まっている。中々平和な時が訪れずに外出を許可できなかった。今日は俺とデートだ」 「でーと?」 「逢瀬と言えばわかるか?」 「お、逢瀬……!」  ノアリスの顔が赤く染まる。  恥ずかしいが、しかし、嬉しい。  自身を傍に居ていい人なのだと、言ってくれているのだから。 「嬉しい、です。……あ、でも、服、どうしよう……」 「服?」 「逢瀬なのに……いつもの服しか、ありません……」  カイゼルはプッと吹き出すように笑う。なぜ笑われたのか分からないノアリスは困惑するが、そんな彼に構わず、カイゼルは強く強くノアリスを抱きしめた。 「今の姿でも良い。ノアリスはそのままで美しい。特別に着飾る必要はないさ」 「ぁ……」 「さあ、愛しい人。俺の手を取ってくれるか?」  差し出された手。  あの日、すくい上げてくれた時のことを思い出す。  そっと手を重ねたノアリスは、ふんわりと立ち上がると、彼に連れられて部屋を出た。

ともだちにシェアしよう!