138 / 139
第138話
馬車に乗り、揺られながら着いた街で、ノアリスはカイゼルの手に支えられながら地面に降り立った。
周りにはたくさんの人。周囲の目が気になって俯くノアリスに、カイゼルが帽子を被せてくれる。
「俺の好きな菓子屋がある。きっとノアリスも好きなはずだ。着いてきてくれるか?」
「ぁ、も、もちろんです……!」
そうしてカイゼルが歩くのを、手を繋いで着いていく。
歩幅はノアリスに合わせて狭く、ゆっくり。
しかし彼は民からの信頼の厚い王。行く先行く先で声を掛けられている。
「陛下、この御方かい? 陛下の好い人は」
「ああ、そうだ」
腰の曲がったお婆さんに声を掛けられ、ノアリスは静かに頭を下げた。
「アンタ、私の若い頃にそっくりねぇ〜」
「何言ってんだ婆さん……」
ノアリスを見てホホホ、と笑うお婆さんに、カイゼルは呆れ顔である。
「チェシナが悲しんでたよぉ。最近は、陛下が来てくれないんだってさぁ」
「今から向かうところだ」
「そうかい、そうかい。邪魔しちゃったねぇ。好い人、どうか、陛下と幸せになるんだよぉ」
手を取られ、ノアリスは困惑しつつも微笑む。
「は、はい。ありがとうございます、おばあ様」
「あらやだ、そんな風に呼んでくれるのかい。愛おしい子だね。これをあげるからね、飴だよ。美味しいから、陛下と分けて食べなさいねぇ」
そうして握らされたのはたくさんの飴。
ノアリスはカイゼルを見たが、彼は頷き微笑むだけだ。受け取っておきなさいとの事らしい。
お婆さんと別れて、先程彼女が言っていたチェシナのお店へ。そこはカイゼルが好きな菓子屋らしい。
「チェシナ」
「! 陛下じゃないかーっ!!」
民との距離が近い彼は、チェシナと呼んでいた彼に飛びつかれても呆れ顔をするだけで、決して怒ったりしない。
「戦があったって聞いたから、きっとお忙しいんだろうとは思っていたけれど、なかなかに来ないから、俺から行ってやろうかと思ったぜ……」
「……城へか?」
「当たり前さ」
「門前払いを食らうだけだぞ」
「……確かにそうだわな」
カイゼルを見ていたチェシナが、静かにノアリスに視線を向けた。
「……まさか、アンタ……ああいや、貴方様が、陛下の……」
「ああ。俺の妻になる」
「なんてこった! 俺、こんな格好で……とんだ失礼なことを……」
「……念の為に伝えるが、お前の前にいる俺はこの国の王だ」
「そんなことは知ってらァ! 王妃様……でいいのか? どうぞどうぞ、こちらに。何も無いシけた店ですが、お休みになられてくださいな」
「ぁ……す、すみません。ありがとう、ございます」
一度店の裏に引っ込んだチェシナ。
ノアリスはドキドキしながらカイゼルの手を握っている。
「か、カイゼル様、あと……」
「ああ、どうした」
チェシナやお婆さんと話す時とは違う、またひとつ柔らかい声。
「あ、あの、妻、妻だと……」
「? ああ。ノアリスは俺の妻だ」
「っ、でも、まだ……あの、お子のこともございますから、そのような事は、言わない方が……」
世継ぎのことが気になって仕方がないのだ。何もかも上手くいくか分からない。それなのに妻だと宣言されてしまうのは、如何なものさと思って。
「構わない。どうなろうと、ノアリスは俺の妻となるから」
「……わ、私で、いいのですか……? 本当に……?」
「本当だ」
「め、妾姫様が、ご懐妊なさって、王子様がお産まれになったら……」
「それでも、ノアリスが一番だ。その妾は側室に入れる」
これは全て、決まっていること。
まるでそのような物言いに、嬉しいのか、恐れ多いのか、ノアリスはわからないままカイゼルの手をぎゅっと握った。
ともだちにシェアしよう!

