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第140話

 チェシナの店を出て少し。子供たちが噴水のある広場に集まっていた。  陽気な音楽が流れ、皆思い思いに踊っている。 「お姉ちゃん!」 「わっ!」  突然小さな子に手を取られたノアリスは驚き、しかしあどけない子供の表情ににこりと微笑んで、そっとしゃがみ込んだ。  お姉ちゃんと呼ばれても気にしない。カイゼルもただ二人を眺めている。 「どうしたの?」 「お姉ちゃんも踊ろう! あのね、こうやって足を動かすの!」 「こう……ぁ、あれ、難しいな……」  子供に教えられる通りに足を動かしてみれば、縺れて転げそうになる。  集まってくる子供たちにケラケラ笑われても、ノアリスは構わず練習を繰り返し、ようやく出来るようになると音楽に合わせて踊った。  なんて楽しいのか。こうして民と触れ合う時間は、彼らの暮らしや、文化、そして心までもわかる気がする。  自身が、そういう王子でありたかった。  王にはなれずとも、民と心を通わすことのできる、誰よりも痛みのわかる王でありたかった。  少し沈みかけた心。  噴水の周りを子供たちと踊りながら移動していると、突然背中に突きつけられたもの。 「お姉ちゃんは、ノアリス王子?」 「っ!」 「ついてきて。声を出さず、何もせず、私たちと、ついてきて」  先程まで一緒に踊っていた子供たち。背中に当たるのは小さなナイフ。  ノアリスは咄嗟にカイゼルのいる方を見た。  しかし、それを防ぐように、子供が「抱っこ」と言って飛び乗ってくる。 「何もせずに、ついてきて」  これは、罠だったのだ。  この子供たちは、この音楽は、全て。  ノアリスはゆっくりと、子供たちに従い足を動かす。 「妹が、捕まったの。助けたいの。だから、言うことを、聞いて」 「っ、」  子供の大きな目に、涙が溜まっている。  先ほどまでの笑顔は、無理矢理作った偽物だったらしい。  こんな、こんなにも惨たらしいことを、どうして。  誰が、なんてわかりきっていた。  こんなことをしてでも、自分を望むのはただ一人──兄・ルーヴェンしかいない。 「……フェルカリアの、王命、ですか」 「……王様かは、分かりません……っ、ごめんね、ごめんなさい……」  淡々と尋ねたノアリスに、子供は泣きながら答えた。  仕方がない。こんな子供を傷つけるくらいなら、いくらでも犠牲になろう。  幸せは沢山教えて貰えた。  最後にあんなにも美味しいものを食べることができた。  ノアリスは優しく子供の頭を撫でる。 「あなたの妹は、きっと無事です。私が、説得するから、安心してね」 「っ、ごめんなさい……っ」 「謝らなくていい。妹を助けたかった。あなたはただ、そのために動いただけだから、泣かないで」  ナイフを突きつけられているというのに、相手が子供だからか、この先の結末が見えているからか、安らかでいられた。  そっと抱きしめてやれば、堰を切ったかのように泣き出す。  大丈夫だとあやしながら、足を進めると二匹の馬と、一人の男が立っていた。 「ノアリス王子。兄上様であるルーヴェン陛下からの命です。国にお戻り願います」 「……この子の妹は。その他に、人質になっている人が居るのなら、すぐに解放してください」 「もうとっくに解放しておりますよ」  それが真実かどうかは分からないが、信じる他なかった。  子供を離して目線を合わせる。 「おうちにお帰り。誰にも、何も言わなくていい。私は……だ……大丈夫、だから」  大丈夫なわけがなかった。  怖い。怖くて仕方がない。その心に蓋をして、無理矢理、言葉を吐く。  子供は駆けていく。その背中が小さくなるのを見届けると、ノアリスは用意された馬に載せられた。 「手網から手をお離しになるな。死ねば王子は楽かもしれませぬが、先程の子供たちやこのルイゼン国がどうなるか、保証はできませぬ」 「っ、わかりました……」  逃げられない。逃げ道がない。  どうか、どうか、と祈る。  すぐに異変に気づいた彼が、追いかけてきてくれますように、と。  静かに声も漏らさず、一筋の涙が零れた。

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