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第143話
「──フェルカリアからの使者が参りました」
コンラッドから告げられたのは、ノアリスが攫われてから四日目のこと。
現れた男は怯えている様子。震える手でイリエントに書状を渡し、床にひれ伏す。
正式な使いの者では無いことは確かだ。きっと、捨て駒のうちの一人。
「イリエント、そこに、なんとある」
玉座に座っていたカイゼルは、淡々とそう言った。書いてあることなんて、容易に想像できるからである。
「読み上げます。──フェルカリア国、国王、ルーヴェンは……ルイゼン国との同盟を破棄することと致す──以上です」
「──ほぅ」
予想通りが過ぎて、何の言葉も出てこない。
しかし、だ。
カイゼルはゆっくりと玉座から立ち上がり、一段一段階段を下りてくる。
床に響く音が、床にひれ伏す男の汗の量を増やしていく。
カイゼルが腰に携えた件に触れたのを見て、男は余計に小さくなった。
「可哀想なものだな。そなたもフェルカリアの出か?」
「っ、は、はい。フェルカリアで、生まれ、育ちました……っ」
「……哀れなことだ。ルーヴェン王はそなたになんと言った。この書状をルイゼンの王に届ければ、金銀財宝をやるとでも、申しておったか?」
ギクリ、と男の肩が揺れる。
カイゼルは珍しく高らかに笑った。イリエントですら、クスクスと笑みを浮かべている。
「捨て駒にされたなぁ、フェルカリアの民よ。ここに本当の使いのものでも無いただの平民が、何もされずに帰ることができるとでも?」
「ぁ……ぁ……」
「だからこそルーヴェン王は『金銀財宝』などと申したのだ。分からないか? そなたは今、俺に命を握られている」
「ひぃっ!」
退こうとしたがしかし、いつの間にか背後にはブラッドリーという屈強な騎士が立っている。
男には逃げ場がない。
「我らは巻き込まれただけの民を殺すことはしない。金銀財宝はやれぬが、命は助けよう。……フェルカリアで家族が人質とされている、などではないな?」
「っ、ち、ちが、ちがいます。本当に、金をやると、言われて……!」
「……。わかった。しかしそなた、今しがたこの書状の内容を聞いただろう。一方的に契約を破棄されてしまった。それも、フェルカリアが望んだ同盟をだ」
やれやれ、とカイゼルが首を振るのを、男はただ見上げている。
「同盟の証として、俺はフェルカリアの王子であるノアリス王子をこちらに連れ帰り、妻としたのだがな……その妻を、ルーヴェン王に連れ去られてしまった」
「なっ……!」
「その上で、同盟の破棄だ。なんと自分本位な王だ……。そなたも捨て駒にされ……きっと、フェルカリアの民達のことも"ただの駒"だと思っているのだろうな」
カイゼルはゆっくりと歩いて、窓の外を見る。
そこには戦が近いとは知っていながらも、活気のある街が広がっている。
「我らは民を捨て駒なぞにはしない。民あってこその国。そして、俺──王がいる。フェルカリアも、そのような国になればいいのにな」
男は目を見張った。
ルーヴェン王が自分本位な王だとは、知らなかったのだ。
そしてまさか、同盟を結ぶために差し出した王子を連れ去るだなんて。
「フェルカリアの民よ、伝えてやれ。そなたらの王は嘘偽りで塗り固められた自分本位な詐欺師だと」
「っ!」
「俺たちは、そんな詐欺師を始末しなければならないからなぁ」
遠い目をするカイゼルを、男はただ見つめていた。
本当なら切り捨てられてもおかしくなかったのだ。それなのに、慈悲を持って生かしてくれている。
そんな人が、ルイゼンの王。
噂では兵士と共に戦場を駆け回るという、勇ましく誰よりも信頼できる御人。
違う生き物を見た気がした。
気高い王と、その王を信じて側に仕える人々。
フェルカリアでは、きっとこんな、人たちを見られないだろうと、そう思った。
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