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第145話
やることを済ませたカイゼルは、執務室で椅子に座り俯いていた。
ノアリスが最後、リリーに伝えた『大丈夫』が嘘であることなんて分かりきっている。それなのに、自分は何も気づくこともできず、簡単に奪われてしまった。
あの時の、家族が死んでいった時のように、心が痛む。普段のように息がしたいのに、怒りと悲しみと寂しさのせいで、上手く呼吸ができない。
「っは、はぁ……はぁー……っ」
苦しい。あの苦しさが、また自分の手のうちから命が溢れてしまいうなそんな苦しさが、大きくなっていく。
そんな時、コンコンとノック音がした。
しかしカイゼルの耳には届かず。「失礼しますよ」とイリエントが無遠慮に入ってくる。
「陛下──陛下! いかがなさいました!」
駆け寄り、背中を撫でてくる手が温かい。
幼馴染で、昔から軽口を言い合う関係の彼は、今もカイゼルが心配でやってきたのだが、それは正解だったらしい。
「大丈夫です、陛下。ゆっくりと呼吸を。呼吸を整えながら、私の話を聞いてください」
「っは、」
「戦の準備は、明日には終わりそうです。ブラッドリーが今か今かと待っています」
「う、それ、では……」
「ええ。明朝には出陣いたしましょう。しかし、だからこそ、今日はこのままお休み下さい」
イリエントはそう言うと大きな声でコンラッドを呼んだ。
コンラッドもカイゼルの様子を見て心配げに顔をゆがめる。
「お心を鎮める薬を。それから、ゆっくりと湯浴みをなさっていただき、夕食もしっかり召し上がるように見張っていなさい」
「承知しました」
コンラッドも、昔から仕える者だ。
カイゼルとイリエントの関係は熟知しているし、カイゼルが無理をしがちなのもよくよく理解している。
「お薬をお持ちします。イリエント様は暫くこちらにいらっしゃいますか?」
「そうですね……。陛下が薬を飲むまでは見届けましょう」
「わかりました」
今だ、背中を撫で続ける手。
いつも彼に助けられている。
彼と、コンラッド、それからブラッドリー。
「わふっ!」
「……ろるふ」
ノアリスの消えたあの日から、ロルフはカイゼルの部屋にいる。
カイゼルはそっとロルフの頭を撫でると、やわい笑みを浮かべたのだった。
イリエントの指示のせいで、薬を飲み終えたカイゼルは、少し落ち着くとコンラッドに湯浴みを連れられ、丁寧に世話をされたあと、暖かいベッドに寝かされていた。
傍らにはロルフがいて、まるで『一緒に寝よう』と言っているように身を寄せてくる。
「ロルフ」
「くぅ〜ん」
頬を撫でると顔を上げた彼を、優しく抱きしめる。
フスーッと、息を吐いた彼は『やれやれ』とでも言いたげだ。
「ノアリスを連れ戻す。しばらく、待っていてくれ」
「わふっ」
「ありがとう。……さあ、寝ようか」
柔らかい毛並みに指を通し、目を閉じる。
しかし、ノアリスの泣いている声が聞こえてきて眠れない。
薬はとっくに効いていいはずなのに。
もう少しで朝日が昇る。
カイゼルは体を起こし、閉ざされたカーテンを開けた。
「迎えに行くぞ」
すぐに、助けるから。
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