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第146話
◇
ノアリスがルイゼンから攫われて暫く。
不安と恐怖しか感じないフェルカリアに着いた。
またあの塔に閉じ込められるのかと思いきや、兄──ルーヴェンの元に連れられる。
「お連れしました」
「ご苦労。下がってよい」
淡々と交わされる会話。
ノアリスは俯いたまま、部屋の隅に立っている。
「よく戻った、ノアリス」
「っ、も、戻ったのでは、ありません。私は──」
「誰が話すことを許可した?」
「っ!」
パンッと頬を強く叩かれる。
体がぐらりと傾いて、床に倒れ込んだ。
久々に感じる痛み。頬に手を置き、床を見つめる目に涙が溜まっていく。
「一度目は、私がルイゼンにお前を送ったから仕方あるまい。しかしだ、私がお前の元に足を運んだというのに、お前は拒否した。私はそれが許せぬ」
「っ……」
「戦は無事、勝利した。しかしそれもルイゼンの兵士がいたからだと、皆が言う。私は形だけの総大将、形だけの皇太子だと」
知らない。戦のことなんて、何も聞かされていない。ノアリスは震え出す体を沈めることもできずに、ただ投げられる言葉を聞く他ない。
「父も、そうだった。だから殺して差し上げた」
「っ!」
「あの父も、ただのお飾りだ。これまで何かを成し遂げたこともない、ただの人間でしかない。……しかし、私はそうではない」
ルーヴェンはそう言うと、クローゼットを開けた。そしてその奥にある隠し扉をノアリスに見せる。
「ノアリス、この先に何があると思う?」
「……わ、わかりません」
「そうか。では、見せてやろう。こちらに来なさい」
ゆっくりと震える足で立ち上がったノアリスは、兄が開けた隠し扉を見る。そしてその中に入っていった彼はノアリスに手を差し出し、拒否することもできずにその手を取ると、奥の部屋に入った。
何か、置物が部屋の真ん中にあった。
布がかけられているが、それは時々光を放っている。
「さあノアリス、この布を取ってごらん」
「ぬ、布を……? なぜ……」
「早く、布を、取りなさい」
ぐっと言葉を飲み込んだノアリスは、震える手で布の橋を掴むと、スルリとそれを取った。
そして──
「ぐっ、うぇ……っ!」
目の前にあったのは、卵だ。
直径二十センチ程の、楕円形をしたそれ。
まるで生きているかのように、鼓動を感じさせるように、光が轟いている。
「ご覧、生きているんだ。美しいだろう」
「っは、はぁ……っ!」
「私と、ノアリスの子だ。孵化するのが、楽しみだな」
異常だ。
この男は、あまりにもおかしい。
ノアリスは自分がこれまで産んだ卵よりも、成長して大きくなっているそれが恐怖でたまらない。
「ノアリス、今日からお前はここで暮らすのだ。あの塔ではない」
「ぇ、え……」
「この卵が孵化するように、温めてやるのだ」
兄は、何を言っているのか。
こんなものと一緒にいなければいけないのか。
それならばもういっその事、首を吊って死んでしまいたい。
そんな不気味な生き物と、異常者である兄と、共にはいられない。
そう、思うのに。
笑顔をくれたあの人の顔が頭に浮かぶ。
優しく、強く、逞しく。
誰よりも人を思い、冷えた心を温めてくれる人。
あの人と共にありたいのだ。死ぬわけには、いかない。
怖い。怖くてらたまらない。
けれどあの子供に『大丈夫』と伝えたからには、嘘にはできない。
ノアリスは震える手で自らの体を抱きしめた。
いつかこの場所にいても、彼が見つけてくれると信じて。
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