154 / 165

第154話

 翌朝、カイゼルは既に起きて支度を調え、部屋を出て行ったらしい。  戦の後だ、忙しいのはわかる。しかしノアリスは昨夜の話を聞いてから、眠りも浅く不安と寂しさが胸を渦巻いていた。  誰にも支度を手伝ってもらうことなく、起きたままの格好で部屋を出ると、兵士達にかけられる声から逃げるようにして庭に出る。  傍らにはロルフがいて、心配そうにノアリスの手をパクリと咥え、部屋に連れ戻そうとしてきたが、少しでも青空の下で心を晴れやかにしたかった。  あの卵は、濃い血が交わったからこそ、あんな結末を迎えてしまった。  例えば、自分の血と、カイゼル様の血であるのなら──?  検証もできない想像することしか叶わないそれ。胸の奥に渦巻くのは、妾姫に対する嫉妬か、踏み出せずにいる自分の愚かさか。  構わず庭に寝転んだノアリス。  夏の刺すような陽射しから、秋の柔らかなものに変わり、風もそよそよと吹いて気持ちがいい。 「──ノアリス様」 「キャッ!」  目を閉じて考えながら自然を感じていると、テノールの低い声に名前を呼ばれ、思わず悲鳴を上げた。 「ああ、驚かせてしまった。すみませんな」 「っ、ぶ、ブラッドリー……」 「そのようなお姿でどうなされた。まさか、陛下と喧嘩でも? いや、陛下がノアリス様に怒ることなどあるわけが無い。まさか陛下に嫌なことをされましたか。私が叱っておきましょう」 「……ふふっ」  騎士はそう言って片膝を突き、ノアリスに手を差し出した。  その手に支えられ体を起こす。 「どうして、ここがわかりましたか……?」 「ロルフが花畑の中、尻尾を振っていたのなら、そこにノアリス様がいるとわかります」  心配だから、離れない。ロルフの綺麗な瞳からはそんな声が聞こえてきそうだ。 「いかがされましたか。私に話せることであれば、なんでも申し付けください。必要あれば、誰でも殴りに行ってまいりますぞ」 「ぁ、そ、そのようなことは……」 「? そうですか」  ブラッドリーは人より血の気が多いのかもしれない。今更それを理解したノアリスは、柔らかく微笑むと、ブラッドリーの方に顔を寄せた。 「カイゼル様は、妾姫様を娶るそうです」 「はっ──!?」 「しかし私は、王妃として、即位させると。子供もいない私が、子供を産んでくださる妾姫様を差し置いてそのようなこと、できるはずがありません」 「……」  思っていたよりもずっと重たく難しい話だった。  ブラッドリーは頭は切れるがそれは戦に関する事ばかりであって、女性関係では上手く立ち回れない不器用な男だ。 「……ブラッドリーは、卵を、見ましたか」 「卵……。私が見たのは、後処理の時です。人ではない者が、あの日、あの部屋で息絶えていたのを、イリエントと共に確認しています。殻が割れてから少しの間は動いていたとか」  ブラッドリーの言葉に、ノアリスは頷く。 「……カイゼル様曰く、それは濃い血が混ざったからだと」 「……濃い、血?」 「あれは……私と、兄のルーヴェンが……交合ってできた、可哀想な、卵です」 「!」  そうして真実を知ったブラッドリーの目は、驚愕の色に染まっていた。

ともだちにシェアしよう!