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閑話休題 33.朝陽に隠して

 瞼を突き刺すような光に、ゆっくりと意識と目を開いていく。  既に明るくなった室内と、絶対に手放さないと決めている人の剥き出しの背中が見えた。赤い鬱血痕が肌に散らばっているのも、まるで気にしていないようだ。隣で寝ていたはずなのに、体を起こして外を見ている。こんな事ならカーテンをきちんと閉めて寝たら良かった。  クロードの朝は基本的に早い。  ダンテがどれだけ寝穢くても、限界まで抱き潰しても、クロードは殆ど同じ時間に起きているし、時にはベッドから居なくなっている時もある。長年の習慣が抜けないだけだ、とクロードは笑っていたけど、ダンテとしては面白くない。  出来ることなら、契約関係だった時のように無防備な寝顔を見せてほしい。いや、自分がキチンと早起きすればいいのは分かっている。  分かっているが、言い訳させてほしい。  クロードが自分の想いに応えてくれて、隣に居てくれる。その事実を前に、どうしても気が緩んでしまうのだ。心地良くてたまらない微睡にいつまでも浸かっていたいのだ。  契約関係だった時は、隙を見せたら逃げられると思っていたし、傍で寝る事なんて出来るわけがなかった。手に入れたくてたまらない人を前にした時、自制できる余裕なんて露ほども持ち合わせていなかったから。  己のそんな行動が逆に、替えが効く都合の良いセフレだって言われてるんだと思っていた、とクロードに言わせる事になるなんて、当時の自分は思ってもみなかった。  言われた時の落胆たるや。  自分自身のあまりの余裕のなさと甲斐性のなさを突き付けられて、打ちひしがれていたダンテに、逆に好感が持てたよ、とクロードは笑っていた。まあ彼を笑顔に出来たならヨシとして。  つらつらと言葉を並べたが、つまり何が言いたいかと言えば、もっとクロードに甘えてほしいという事だ。もっと気が緩んだところを見せてほしいし、余裕のないところを見せてほしい。ずっと自分だけを見ていてほしい。そして出来ることなら、己以外の誰にも頼って欲しくない。こういう所がガキ臭い、と分かっていてもそう思ってしまう。  お前より歳食ってるからだ、という通り、いつだってクロードは余裕がある。  少し前にもダンテを出し抜きーーと言って良いのかわからないがーー、手を出しあぐねていた組織の頭の首を獲り、その席に座っていた。あの時の罵られた方がマシだと思うようなクロードの冷えた瞳を、きっとダンテは一生忘れないだろう。  まだ完全に明瞭ではない頭で考える。  どうして僕ばかり必死にこの人を追いかけてるんだろう。いつになったらこの人のように余裕のある態度を取れるんだろう。どうしたら余裕を持てるんだろう。この人にもっと求められたい。  ジッと恨みがましく背中を見つめても、返事なんてあるはずはない。それどころか視線にすら気付いて貰えない。眉間に寄った皺を隠さずにゴソゴソと体を動かして、胡座をかいているクロードの太腿に頭を乗せた。  フッと笑う声が上から落ちて来る。チラリと視線を向ければ、栗色の瞳が柔く三日月を描いていた。 「何拗ねてんだよ」  クロードの指先が皺を伸ばすように眉間にあてられる。  ずるい、と思う。どうしてこんなに簡単に機嫌までわかってしまうのだろう。どうせまた年の功とかいうのだろうけれど。 「クロードには何でもお見通しだ」  ガキっぽい不満そうな声が出た。  栗色が笑む。喉で笑うクロードの指先が髪を撫でてくれる。 「お前が分かり易すぎるだけだ」 「僕の思考を読んでくれるアンタが好き。……だけど、ちょっと不満」 「ははっ、不満なのかよ。理由を聞かせてもらえるか、ハニー?」  こういうところだ。こういうところがずるい。普段甘い言葉なんて殆ど吐かないのに、不意打ちで今みたいに『ハニー』だとか言って来るところ。クロードに甘い言葉を囁いても、全然照れてくれないのに。 「アンタばっかりずるい」 「なにがだよ」 「僕ばっかりドキドキさせられてる」  素直に不満を垂れれば、栗色の瞳がまんまるくなった。意外だと言いたげだが、事実だ。いつまでも追いかけている気がするし、いつまでも追いつけない気がする。きっと本気で逃げられたら、一生見つけることは出来ない。  息を溢すように笑う声が聞こえて、視線をクロードに戻す。  目を見開いてしまった。満足げで嬉しそうなのに、少しだけ泣きそうな顔で笑っていたから。慌てて体を起こして、その顔を覗き込む。 「クロード」  名前を呼ぶ。うん、と言った彼の声は少し滲んでいた。何か不味いことをいったかと思ったが、そうではないらしい。罵られることはない。とん、と肩に温もりが触れる。クロードの額だと気付くのに時間はいらない。どうしたの、と口を開こうとした時だ。 「お前は一生俺の事追いかけてよ」  クロードには珍しい、小さくて滲んだ声が鼓膜を揺さぶった。何があったの、と聞きたい気持ちを喉の奥に飲み込む。伸ばした腕で華奢な体を抱き締めた。 「アンタが望むなら地獄の果てまで」  どこまでも追いかけて一生離さない。そのつもりだし、クロードにも余所見をさせる気はない。そんな気持ちを込めて。  クロードは笑った。おっかねぇ、という言葉とは裏腹に、その声は随分と嬉しそうに聞こえた。  いつかクロードの胸の内も過去も全てを暴いてみたいと思う。その時に、今日のことも聞こう。そう決めて、朝陽に照らされているのに少し冷えた体を抱き締め続けた。

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