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閑話休題 34.朝はあなたと迎えたい
扉を開けた先。見えた光景に目を見開いてしまった。
そこにいるはずのない男がソファで瞼を閉じていたからだ。
思わず自分の腕時計を見た。明日は帰ってこれないかも、と彼が言った日付を指している。時計を振っても日付は変わらない。
やっぱそうだよな。もしかして幻か?
己の目を疑って、一応瞼を閉じて眉間を揉んでみる。
ゆっくりと瞼を上げた先。やっぱりいる。
国外に行かなきゃなんだ、と一昨日、否、昨日不満そうに言っていたダンテが、ひじ掛けに立てた腕で頭を支えて瞼を閉じている。
「え、まじか」
小さな声がリビングに飽和した。
ダンテが用意したセーフティハウスはいくつかある。
ここに行くとは言っていないのに、毎回きちんとそこにいて、クロードを迎える。それにはもう慣れてしまったが、まさか帰ってこれないと言っていた日の朝に、当然のようにいるのは予想外だった。
早朝に目が覚めて、散歩がてら買い物に出掛けて帰ってきたらダンテがいるなんて。考えもしなかった。しかも家を空けたのは一時間に満たない時間だ。当然のようにいる。そして帰ってきたことに気付かないなんて。
よっぽど疲れてるんじゃないか?
そう思いながら、手荷物を適当に扉の近くのチェストの上に置いて、ダンテに近付く。尚もダンテの顔が上がることはない。自分もダンテも気配には敏感な方だと思う。扉の開閉音で目を覚まさないなんて、そんなことあるだろうか。
足元に座り込んで、顔を覗き込む。
さらりと銀に近い髪が揺れる。それでも睫毛が上がることはない。相手を怖気づかせるような紅混りの灰色の瞳は、今は鳴りを潜めていて、ただただ美しい造形を持つ寝顔を晒している。
耳をそばだてて音を聞く。辛うじて聞こえた呼吸音。とりあえず死んでいることはないらしい。ほっと内心息を吐いて、もう一度顔を見つめる。
クマ出来てるな。そんなに急いで帰ってこなくてもいいのに。でも本音を言えば、会いたいと思って急いで帰ってきたかもしれない、という期待に胸がくすぐったくなっているのも本当だ。
自分たちが身を置いている世界は、いつ足元が崩れて真っ逆さまに地獄に堕ちるか分からない、危ういものだ。ダンテが明日凶弾に倒れてもおかしくないし、クロードが争いに巻き込まれて、流れ弾で死んでも可笑しくない。
そんなこと絶対に起こさせない。ダンテならそういうだろう。だが、この世界に絶対なんて存在しない。どれだけ力を持っていても、死ぬときは死ぬ。組織の頭であるダンテも、その恋人のクロードも例外ではない。
だからこそ、こんな穏やかな顔を見ることが出来るのは貴重だ。出来ることなら、こんな場所ではなくて、寝室でしっかり横になって欲しいところだ。ダンテとは体格差も力の差もあるせいで、寝室に連れて行くのは難しい。
うーん、と思ったところでふと思いつく。
殺すフリでもしたら、起きてくれるかもな。
生き物には生存本能というものが存在する。命の危機にさらされた時、飛躍的な力が出ることもあるというから、危機を感じたら目を覚ましてくれるのでは。
とやかく言ったが、結局クロードは気になったのだ。殺されそうになった時、ダンテはどうするのか。
ベルトから小型の隠しナイフを抜き去って、刃の背をそっと首筋に当てた。ダンテの右腕のジオスにこの光景を見られたら、次の瞬間には心臓を銃で打ち抜かれているだろうな、なんて他人事のように思った。
刹那。
ゆっくりと花が開くように、瞼が持ち上がっていく。瞼の向こうから現れた紅混りの灰色が、クロードを射貫く。その瞳に険はない。それどころか、喜色が滲んでいる。
ダンテの口元に浮かぶ笑み。そっとナイフに添えられた手のひら。まるでその先を望んでいるように。
動揺を悟られないように、ニンマリと笑う。
「やっと起きたかよ、ダンテ」
「ただいま、クロード」
ナイフから離された手のひら。そのまま首筋を優しく引き寄せられて、唇同士が触れ合う。ぺろりと下唇を舐められる。深いのがしたい、という意思表示を無視して離れれば、さっきとは打って変わって眉間に皺を寄せたダンテと目が合う。
慰めるように眉間の皺を撫でてやる。その指を取られて、口付けられた。
「あんまりにも早くて幻覚でも見てるのかと思った」
「帰ってこない方が良かった?」
「まさか。おかえり。お疲れさん」
クマが出来てる、と目元を撫でても、ダンテは喉で笑うだけだ。
まだ眠いのかも。朝飯食ったら、寝るように言うか。そんなことを考えていたら、ふふ、と笑った声が聞こえる。首を傾げると、微睡んだままの瞳で、ダンテが言った。
「クロードが僕の事殺してくれるのかと思った」
そうして欲しかったのに、と言いたげだ。覗き込んだ瞳は冗談を言っているようには見えない。はあ、と呆れた息を吐いて立ち上がる。
「ばかか。俺がお前を殺すとしたら、お前が約束を反故にして誰かとしあわせになりやがった時だよ」
そうだね、とまたダンテが穏やかに笑う。不意に体を抱き寄せられて、腹に顔を擦り付けられる。ぎゅうっと堪能するようなそれ。労うように背を撫でてやりながら、頬が緩む。推測でしかないが、本当に急ぎで終わらせてきたのだろう。だがこのまま寝てもらっては困る。背を撫でるのもほどほどに肩を掴んで、優しく体を離す。
「飯食おうぜ。そんで、お前は食ったら寝ろ」
「クロードも一緒に寝てくれるなら」
「えぇ? ……まあ添い寝なら」
本当に寝るのは難しいが、用事もないし添い寝くらいなら、と思っていたクロードだったが、まさかそれだけなわけがなかった、と思い知るのは一時間後のことである。
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