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44.渦中の人

――僕たちリバー社には商売敵がいたんだ。  彼らは何かと難癖を付けてきて、僕たちの足を引っ張ろうとした。だけど、当然僕も父も彼らを相手にしなかった。業績の悪化は彼らの責任で、僕らには何の関係もないからね。でも彼らはそうは考えなかった。僕らが市場を独占している、そのせいで自分たちの業績が悪い、と言ってきた。もちろん根拠のない言いがかりさ。裁判までして、僕らに非はない、と認められたのに、今度は裁判所を買収した、とまで言い出した。僕たちは無視していたんだけれど、彼らはそのうち強硬手段に出るようになった。  実害が出るようになったから、僕たちは警察に相談して彼らには罰が下った。当然そんなことがあったものだから、会社も倒産したよ。でも彼らは、それすらも僕らのせいにした。  それ以来、執拗に付け狙われてるんだ。  だから、今回のクロードの危険も、彼らが関わっているかもしれない。  アンリの説明はそんな感じのものだった。  はぁ、と吐いた溜息がバイクの音に掻き消されていく。  ちらりとサイドミラーを見れば、不安げな顔をしたアンリがいる。どうしても、とゴネるから連れてくるしかなかった。本来ならその場所はクロードが乗るべき場所なのに。頭で不満を垂れながら、ダンテは視線を前に戻した。  すでに辺りは暗くなり始めている。  通信端末に示された目的地までは、あと数分にも満たない時間で着く。 ――クロードに何かあったらどうしよう。  アンリはそう声を震わせていたが、何かあるとしたら多分相手の方だ。  ダンテの知るクロードはそんなにヤワではない。  こちらが守る必要もないほど賢くて、生き残るための計算が出来る人だ。相手が悪人であれば、なおさら。他人の命を奪うことに躊躇がない。クロードがこの街で生きるために身に着けた力だ。そういう非情なところもダンテは好きだった。  でも、アンリには見せたくない一面かもしれない、と思う。  肉親というものがどういうものかダンテにはやはり分からない。ダンテにとっての血縁は忌むべき存在だったし、言葉ばかりの存在だった。 『家族は大事にしましょう。無条件で貴方を愛してくれる、それが家族です。』  そんな言葉を鼻で笑い飛ばしてしまうほど、悪辣で最低な肉親だった。今考えても反吐が出る。そんな言葉を言い始めた人間に、愛してくれる存在が悪癖を持つ人間に自分の子どもを売ろうと思うのか、と聞いてやりたいくらいだ。家族なんてろくでもない。ダンテはそう思っている。  でもダンテにとってはそうでも、クロードにとってはそうではないのだと思う。いや父親に関しては分からないが、兄であるアンリや母親に対して、悪感情を持っているようには見えなかった。もし持っていたら、会いに行かないだろう。  だからこそ連れて来たくはなかった。クロードの意に反することは、なるべくしたくない。クロードのためじゃない。嫌われたくないから、という自己中心的な理由だ。  でもそれと同時に、己の醜い独占欲が顔を出した。  逆にアンリにクロードの反社会的な部分を見せたら、クロードは孤立するんじゃないか。  もしも孤立したなら、クロードの変える場所は、ダンテの傍だけになる。実家に帰りたくない、とは言っていたけれど、帰れなくしたなら。そんな漆黒に染まった考えが過った。  何処までも孤立させて、ダンテしかいない、とクロードに思わせたら、どれほど気持ちが良いか。  そんなことを一瞬でも考えてしまった結果、アンリを連れてクロードの元に向かっている。  クロードに謝るつもりはない。  ダンテがそうしたくてしたことだから。わざとか、と聞かれても肯定するつもりだ。それでクロードが激昂するなら、それはそれで構わない。そのまま殺されても、何の悔いもない。いや、でももっとクロードのこと抱けばよかった、とは後悔するかもな。  場にそぐわない思考を回しながら、ダンテは端末が指し示す場所へとバイクを走らせた。 ****  ああやっぱり、と落胆が全身に重くのしかかった。  父の秘書だという男にに案内された屋敷に入った瞬間、分かってしまった。  此処にあの父がいるわけがない、と。 「ここで少しお待ちください」  案内された客間のソファは、埃だらけ。廊下にあった額縁にも、埃が溜まっていた。  潔癖混じりの綺麗好きの父からしたら考えられないことだ。  つまりこの屋敷に、父はいない。いるはずなんてなかった。  当然だ。だって俺はあの人にとってはどうでもいい存在だから。精神が弱ったせいで会いたい、なんて言われるはずがなかった。  思わず鼻で笑ってしまった。  あれだけ酷い扱いを受けてもなお、期待している自分が可笑しくて。  止まらない笑いをそのままに、ポケットから端末を取り出す。圏外。まあそうだろうな、と思いながら、端末をソファに放った。その衝撃で舞った埃を眺めながら、思考を回す。  屋敷には電気はついているのに、不思議なほど気配がなかった。どこかに何人かが潜んでいる可能性もあるが、父がそんな事をするはずがない。騙し討ちなんて、彼が最も嫌うことだから。  潰すなら真正面から。オリバー・リヴィエールはそういう人だ。 「まあでも、実の父に刺客を送られたわけじゃないことは喜んでいいかもな」  自嘲気味に独り言をつぶやいて、客間の扉に手を掛ける。鍵がかかっていた。まあそうだよな、とぼやきつつ、扉を手で押しながら強度を確認する。随分と古い。いざとなったら蹴破れそうだ。  あとは、と部屋を見回す。窓も他の出口も無い。  軟禁状態と言ったところだろうか。  身体的な拘束がないこと、身体検査を受けなかったことを考えれば、ダンテ関連の可能性は消える。ほか勢力のギャングの仕業であれば、こんなに生温い対応はしない。指先や爪を落とされることもザラにある。  そうされなかったこと、そして父やアンリの事を口に出した事を考えると、アンリ側の問題に巻き込まれた、と考えるのが妥当だろう。  それにしても、と思う。  馬鹿な連中だなぁ。俺の事を人質にしようが、リバー社にとって何の痛手にもならないのに。その上、この街で手を出すなんて。  自分で言っていて悲しくなるが、事実だ。アンリに手を出したほうがまだ、父にも会社にも打撃だっただろうに。  一番まずいのが、この土地でクロードに手を出したことだ。この街の警察はあってないようなものだ。それにプラスして、クロードには強力な後ろ盾がある。血も涙もないと言われる男――ダンテが今頃キレ散らかしているころだろう。 「まあ馬鹿なのは俺も一緒か。ありもしない期待に踊らされてこのザマじゃなぁ」  でも、地獄だろうが迎えに行く、と言った彼なら来てくれるはずだ。  小さな笑いが漏れた。こんなにもダンテに入れ込んでいて大丈夫か、と思う自分はもう随分と小さくなってしまった。ダンテという存在のお陰で、父の存在に踊らされた心の傷が、少しだけマシになる気すらする。  ダンテさえいてくれたらいい。  胸を占めるこの想いが危ういのは知っている。だとしても、もう引き返せない。その手を離すなら、殺してくれ、と願ってしまうくらいなのだから。後にも先にも、こんなにも入れ込む相手はいないと自負している。  ダンテになら、何をされても構わない。  裏切ったその時は殺してくれたら、それでいい。  赤の他人がこの言葉を聞いたら、狂ってる、と言うだろう。それでいい。あの家を飛び出したときに、正気なんてものは捨ててしまった。天国には行けないだろうな、と思うことを山程した。生きるために自分でそれを選んだ。行き先が地獄でも後悔はない。今が楽園ならそれでいい。  だったら此処で大人しくしている義理はないな。大人しく助けを待つお姫様なんて、柄じゃない。  その結論に辿り着いて、クロードは近くにあった椅子を手にとって、扉の前に立った。そのまま椅子を振りかぶって、扉にぶつけた。けたたましい音を立てて、扉に穴が開いた。どうにか通り抜けるほどのそれ。かかとで縁を蹴って、スーツに引っかからないようにしてから、その穴から廊下へ出た。  音を聞きつけたらしい誰かが、走っている音がする。  その音に向かって足を進める。その間に己の懐から、拳銃を取り出した。  曲がり角で足を止めれば、驚いたような顔をした案内役が飛び出して来た。すかさずその脳天に、銃口を突きつける。 「騙されたよ。こんなところにあの人がいるわけないもんな?」  そう言えば、男はギリッと奥歯を噛み締めた。 「玩具はしまったほうが良い。脅しは効かない」 「玩具かどうか、試してみようか?」  強がる男に笑って、壁に向かって一発打ってやる。銃弾にえぐり取られた壁に、男は顔を青くした。はぁ、と溜息を吐いて言ってやる。 「俺をダシにリバー社を脅すつもりだったんだろうが、残念だったな。箱入り息子かと思った?」  薄く笑った。男がそっと手を後ろに回したのを、見逃すクロードではない。すかさず膝裏に蹴りを入れてやった。不意打ちを食らった男はそのまま廊下に跪いた。後頭部に銃口を押し当てた。 「短慮を起こすと死ぬよ、アンタ。立場を理解したほうが良い」 「……こんな事をして、警察が黙っているとでも?」 「ハッ、この街のこと、何にも知らないんだな。警察なんて機能してないよ」 「殺したいなら殺せば良い。コチラにとっては好都合だ」 「リバー社に汚名を着せられるから? ハハッ、本当に馬鹿だなぁ、あんたら」  この街で他の国の人間を殺そうが、問題になることはない。例えこの街で行方知れずになろうが、他国は調べない。関わったら己の沽券に関わると知っているから。  ギャングがいなくならないのは、ギャングを必要としている人間がいるから。地位、名声、富のために、何でも出来る人間はいる。ギャングは金さえ払えば汚い仕事を引き受けるから。社会的に地位の高い人間でも、ギャングと関わりを一度でも持ったことのある人間はいるのだ。  だから問題にならない。  死んだことも分からないまま、海に捨てられてなかったことにされるだけ。  裏社会に属していて良かったと思うことは、これだろう。世界はそんなに簡単に出来ていない。色んなことが複雑に絡み合って、きれいな部分が見えているだけだ。それを知らないまま死ねる人間は幸せ者なのかもしれない。  この男にとっては、そうではなかっただろうが。 「まあいいや。アンタをいま此処で殺すつもりはない。親玉がいるんだろ? そいつのところに案内しろ」 「……わかった」  ゆっくりと立ち上がった男は、存外素直にそう言った。彼はもしかしたら雇われただけの人間なのかもしれない。隠そうとする意思は見えない。どちらかと言えば、言いなりの人形のような印象を受ける。  まあ、どうでもいいか。  そんな事を想いながら、クロードは拳銃を男に突きつけたまま、後についていった。  

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