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ナンバー5①
ナンバー5の部屋へは、医務室の、夕陽が連れられて入ってきたドアとは反対側のドアから向かう。そこは、直線の廊下を通ってドッグタグで一度だけ扉を開けたところにあり、アリマの医務室と近接していた。夕陽は少し安心した。けれど、医務室のデスクに山積みされた資料や、アリマの目の下のくまの事を考えると、甘えて頼りきって、負担をかけてはいけない。
夕陽は深呼吸して気を引き締め、ドアをノックした。
「こ、こんにちは。今日からお世話になります」
しばらく待ったが、部屋からまったく反応がなかった。「扱いやすさが違う」というアリマのつぶやきを思い出した。急に不安が押し寄せてくる。ナンバー5に会って話す事ができれば、気に入られる自信はあった。そういう術を知っている。ただ、例えば見た目が気に入らないとか、プロフィールに気になる点があったとかで門前払いをされたら、手の打ちようがない。
ドアスコープを見つめ、途方に暮れていると、中で動く影を見つけた。
夕陽は急いでその影を呼び止める。
「あ、あの!」
「いいね、合格」
ドアの向こうでくぐもった声が聞こえ、ガチャリ、と開く。
隙間から白い腕が伸びてきて、掴まれたと思った瞬間、夕陽は中へ引きずり込まれた。
「うわっ」
「いらっしゃい、待ってたよ」
先程の声の主に、ふわりと抱きしめられる。部屋の中には、上質な生地のグレーのルームウェアを着た青年が居た。
高身長なのに、線が細く、夕陽よりも頼りない感じがした。それでも、背中に触れている手はごつごつとたくましく、夕陽は少しの恐怖を覚えた。
「あのっ、よろしくお願いします!」
「うん、よろしくね。俺の事は、ゴウって呼んでね」
ゴウは、腰をかがめて夕陽の顔を覗き込むと、にこりとほほ笑む。癖のない、少し長めの髪がよく似合っている。切れ長の目が、笑うとさらに細くなって、眠そうな猫みたいだな、と夕陽は思った。
「ねぇ、もっとお話ししよう!」
ゴウが夕陽の手を引いて、部屋の奥へ向かう。長い足でスタスタ歩くため、夕陽は転ばないようにするので精一杯だ。
一人で使うのにはあまりにも大きなベッドへ、勢い余って一緒に倒れ込む。ゴウが、けたけた無邪気に笑った。夕陽は作り笑いで応える。
ひとしきり笑ったら、ゴウが補助をして夕陽の体を起こし、2人でベッドに腰かけた。
部屋を見渡すと、ぬいぐるみやブロックがたくさん置かれ、家具や寝具はパステルカラーで統一されている。まだ男女の違いがさほどない時期の、子供の部屋みたいだ。
「かわいらしい、部屋ですね」
「ふふふ。ま、誰かのお古なんだけどね。あっ、特Sなんだー。じゃあ、周りくどい言い方をしなくていいんだね」
「よかったー」と、頭を撫でられる。先程ぬいぐるみを見たせいか、夕陽は自分が、大事に扱われている着せ替え人形の様に思えた。
「改めて、今日からよろしくね!」
大きな身体で、満面の笑みを浮かべる。今度はまるで人懐っこい大型犬みたいだ、と夕陽は思った。
「あ、こちらこそ、よろしくお願いします!」
「来て早々で悪いんだけど……この後治療が入ってるんだ」
ゴウが、夕陽のドッグタグをもてあそぶ。
夕陽は例えを間違えた。大型犬ではなく、狼だった。
「ゴッドブレスってさ、すっごい負担がかかるのね、フィジカル的にも、メンタル的にも」
ゴウが夕陽に、獲物を狩るときのようなギラギラした瞳を向ける。
「だから、身も心もリラックスしてないと、手元狂っちゃうんだよねー」
アリマとの約束通り、知らないフリを貫く。
「……ゴッドブレス?」
「あのね、俺には見えるの。特殊能力持ってるの、俺。犯罪者からさ、漂ってるの。タバコの煙みたいな形でさ、色は真っ黒。それを吸い取ってやるんだ。そしたらすーってなって、目が変わるんだよ」
「そうなれば、社会復帰出来るんですか?」
ゴウの右手が、夕陽の腰や尻をねっとりと撫でる。
「……知らない。治療のその後は、知らされないから」
「そうなんですね……あの、僕は何をすれば……」
ゴウが、挑戦的な目で夕陽を見る。
「ふーん……何をすれば、いいと思う?」
何をすればいいかなんて、アリマに紹介された時点で聞いている。要するに、指定された人物を慰めればいいのだ。
それなのに実際は、専属ケアテイカーなどとそれらしい名前をつけて、なるべく触れないようにしている。夕陽は、セックスをした事のある人が自分を棚に上げて、金のためにその行為を行う者を蔑む目で見るような気持ち悪さを感じた。その点においては、あからさまに夕陽の事を性的な目で見ているゴウに、好感が持てた。
夕陽はいつものように、対象を潤んだ瞳で見つめる。
「ん?なぁに?そーいうのはいいよ」
ベッドから降りて、ゴウに跪く。彼のルームウェアはシルクでできていて、肌触りがとてもいい。それを楽しむように、夕陽はゴウの太ももを撫でた。
「いいね。俺、撫でられるの好きだよ」
夕陽が嬉しそうに微笑む。慣れた手つきで、足の付け根をかすめるように撫でていく。
「……ねぇ、指、舐めて」
ゴウが夕陽に右手を差し出す。夕陽は少し戸惑ってから、唇で人差し指に軽く触れ、それから少しずつ呑み込んでいった。
「そうそう、上手だね」
夕陽は、ゴウの表情を確認しながら舌と手の動きを変化させていった。
「うっ……げほっ!」
ゴウの指が奥まで入り込み、夕陽がむせる。
「あ、ごめんねー。深かった?」
普段触れないような所に圧を加えられ、異物感に顔をしかめる。生理的な涙が出るほどだったが、ゴウがとても満足そうな顔をしていたため、首を横に振った。
「大丈夫です……あの、直接触っていいですか?」
夕陽が確認したのは、反応を示し、熱を持ち始めているゴウ自身を任せて欲しかったからだ。
どうやらそれが、気に入らなかったらしい。
「……もう触るな」
ゴウが立ち上がり、夕陽を払う。急な態度の変化に、狼狽える。
「あ、あの……」
「この前まで来てた子はさ、俺をバケモノみたいに見るんだ。でも、ヤるときは、おびえて、初々しくて、そこが良かったんだけど」
ゴウが、ベッドの真っ白なシーツで何度も自分の指を拭く。力いっぱい拭くので、指が摩擦で赤くなっていく。
「お前はこーいうのに慣れてるんだね。汚い」
夕陽は、全身に血が急速に巡っていくのを感じる。鏡を見なくても、真っ赤になった自分の顔が容易に想像できた。
汚い。そんな事は自分が一番分かっている。今日初めて会った奴に、わざわざ指摘され、非難される筋合いはない。怒りが沸々こみ上げるが、それを表に出してはいけない事も、夕陽はよく分かっていた。
「……すみません」
「ほんとにね。あーあ、気分悪くなっちゃったよ」
突然、ドアが開く。
「おう、迎えに来たぞ……やあ、今朝ぶり」
「あ、ぶかぶかの……」
ぶかぶかのスーツを着た男が、友人の家を訪ねる軽さで入ってきた。
「ぶかぶか?俺は鹿野だ。よろしくな」
鹿野が夕陽に握手を求める。今は、薄緑色のつなぎの作業服を着ていて、ぶかぶかのスーツの何倍も、彼に似合っている。背はそんなに高くないが、筋肉質な体型が服を着ててもわかった。
「あっ、ゆ、夕陽です」
「バンビ。相変わらず、いい体してるね」
「バンビって言うな。ほれ、つけな」
鹿野がゴウに投げて寄越したのは、鎖がつながった手錠だった。ゴウが盛大にため息をついてから手錠をつけ始める。
「こんなんしなくてもさ、俺は逃げも隠れもしないよ?」
「保険だ。お前、最近調子乗ってるからな」
状況がわからない夕陽が、ひとり取り残されている。それに気づいた鹿野が「ゴウ、ちゃんと教えてやれよ」とぼやきながら説明を始めた。
「今から、患者のところへ治療に行くんだ。天……専属ケアテイカーは、ついてきても来なくてもいいけど、どうする?」
「あの」
「ついてくるよね?ちゃんと見なきゃ」
夕陽が答える途中でゴウが遮った。鹿野という比較対象が現れたことで、ゴウの意地の悪さが強調される。
夕陽は眉間に寄るシワをどうにかのばし「行きたいです」と答えた。
「ほんじゃあ、れっつらごー」
手錠で拘束されたゴウと、それを引く鹿野、その後をとぼとぼついていく夕陽、といった3名様が、移動を始めた。
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