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ナンバー5②

 真ん中に鉄格子のある部屋の中で、病衣を着た男が1人、車椅子に縛り付けられていた。ぐったりしていて、眠っているようにも見える。その車椅子の後ろに、鹿野と同じ作業服を着た女が待機している。  まず、夕陽と鹿野が部屋の中に入る。辺り一面真っ白で照明もきつく、目がチカチカした。ここで、治療が行われるのだそうだ。  しばらくして、手錠を外したゴウが入ってきた。白衣をまとっていて、足下からルームウェアがのぞいてはいるが、医者に見えなくもない。  鉄格子の向こうにいる作業服の女が、錠を外す。ゴウがその中へ入り、作業服の女がまた錠をかけた。 「これ、読んで」  夕陽が鹿野から手渡されたのは、三つ折りにされた一枚の紙だ。なかなか質の良いものだった。言われた通り、そこに印字されている文字を読む。 「息の緒奪いし者、未だ己の在ることに感謝し、魂を潔めよ……」 「よくできました」  夕陽が訝しげに鹿野を見る。 「この人の罪状だよ」  ゴウが車椅子の男に近寄り、ぱん、と手を叩く。それを合図に男は顔を上げ、覚醒した。 「なんだ、お前」  目の前のゴウを睨みつける。腹回りの脂肪が目立つ、中年男性だった。 「今からお前を治療する」  ゴウが低く唸る。 「治療だあ?おい、ふざけてると後悔するぞ」  男が口の端だけを上げて、笑った。その顔は不気味で、眼光は鋭い。自分に向けられていないにも関わらず夕陽が恐怖を覚えるほどだ。 「うるさい。俺は機嫌が悪いんだ」  ゴウが一蹴し、男の額に右手をかざした。 「やめろ!おま……ぐあぁ」  体を大きく揺らして暴れ出したと思った男が、急に静かになる。 「はー……またやりやがった」  鹿野が頭を抱え、ため息を吐く。夕陽はただ、その光景を呆然と見ることしか出来ない。  ゴウが『治療』を施した男の目は、目蓋が半分落ち一点を見つめ続けている。口は細かく動き、何かを呟いていた。  作業服の女が、車椅子を押して、奥にある扉から部屋を出る。ゴウに向かって丁寧に一礼をした。  部屋には3人が残され、沈黙が続く。それを破ったのは鹿野だった。 「お前なー。やりすぎなんだよ。患者が元の人格保ててないじゃん」  ゴウが鹿野に中指を立てて、舌を突き出す。 「あとなんか、治療が直球だったけど……ああ、夕陽は特Sか。もしかして、ゴッドブレスについて聞いてた?」 「……はい。あの、ゴウさんから。でも、直接見ても何が何だか……」 「だよな。俺も、何回見ても分からん。まあ、スピリチュアル的な何かだと、そう理解してお こう」  鹿野が夕陽の肩をポンポンと叩く。その様子を見ていたゴウが、不敵に笑う。 「ねぇ、今の奴、見たでしょ?キミが俺を怒らせるから、手元が狂っちゃったよ」 「あの人は……どうなるんですか?」  ゴウがあからさまにイラつき始めた。 「知らない。さっきもそう言ったよね?でも、バンビが言うとおり、別人格になったんじゃない?」 「果たしてそれは、更生と呼べるのか?ってな。ま、俺には関係ないけど。さ、帰ろうぜ」  ゴウの異変を察した鹿野が、わざと軽い感じでこの場から去ることを提案する。そんな配慮も、ゴウには届かなかったようだ。 「お前。どうするの?あの人の人生、めちゃくちゃにしちゃったね。責任とれる?この仕事、やめる?」  ゴウが夕陽の頬を撫でる。長身から蔑むような目で見下ろされ、夕陽の意思に関係なく体が委縮してしまう。  だからなんだというのだ。せっかく辿り着いた、己の目的を果たすべく近道を通らないわけにはいかい。 「……です」 「ん?なに?」 「夕陽です。ちゃんと名前で呼んでください。ゴウさん」  夕陽がゴウの手を掴み、無理やり握手の形にする。その手に、先ほどまでゴウを拘束していた手錠をガチャリとかけてやった。 「……ぐふっ、あ、ごめん」  傍観を決め込んでいた鹿野が、ついに吹き出す。  ゴウが、手錠を眺めながら不敵に笑った。 「……おもしろいね、キミ。いつまでもつか、楽しみだ」    こうして、ゴッドブレスと一人の男の物語の、幕が上がった。

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