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力の代償①
部屋に帰ると、ゴウがダイニングテーブルでうなだれていた。夕陽が近づくと、見るからに機嫌が悪そうな表情で睨まれる。
「あ……ただ今戻りました」
「遅いよ……いっ……」
ゴウが、顔をしかめて頭を押さえる。
「大丈夫ですか?うわっ!」
ゴウに駆け寄った夕陽だったが、首から下げていたドッグタグを思い切り引っ張られ、バランスを崩す。目の前に、アルミ製のケースが現われた。緑色の十字のマークが入っている。
「……頭、痛いから薬飲みたいんだけど、キミのタグじゃないと開けられないんだよね、薬箱」
ゴウが夕陽のドッグタグをかざすと、薬箱のロックがカチャリとはずれた。
「鎮痛薬、出して」
袋に小分けされた薬が、たくさん入っていた。それぞれの薬の説明が、1枚の紙にまとめられていたので、それを読む。
「これ、胃に何か入れないと」
「そんなのいいよ。ちょうだい」
「いいえ、胃が悪くなるのでお勧めしません。すぐ用意できます」
夕陽が無理やり薬箱を閉めると、ゴウはぎろりとこちらを睨み、なにやらぶつぶつ言いながらベッドへ戻った。もっと罵倒されると思ったが、どうやらそんな元気もない程体調が悪いらしい。
「よし。久しぶりにアレをつくろう」
システムキッチンが、夕陽を呼んでいる。
昨日の男だ。
感覚を共有しているみたいに、男の表情と自分の気持ちがリンクする。頭がふわふわして、とても、気持ちがいい。
突然、、負の感情が流れ込んでくる。
虚しい、寂しい、物足りない。もっと……
体に違和を感じて、両手を見る。男の手と、自分の手が、混ざり合っている。
慌てて自分の手を引きはがす。やっとの思いで取り戻した両手には、赤黒い絵の具がべったりとはりついていた。
その手から血管が凍っていくみたいに、体温が急激に下がっていった。
「……さん……ゴウさん!」
声に驚き目を開けると、新入りの専属ケアテイカーが困り顔で覗き込んでいた。
「……俺、どれくらい寝てた?」
「15分くらいです。その……うなされていたので」
起こした事を咎められると思った夕陽が、申し訳なさそうに答えた。
「……そう」
「あの、ご飯できたので……少しでも食べてからさっきの薬、飲みましょう」
ダイニングテーブルには土鍋が置かれ、湯気が立っていた。食欲をかき立てる香りが、辺りに広がっている。
「今、よそいますね」
土鍋の蓋を開けると、中身は優しい色のたまご粥だ。
「……おいしそう」
ゴウが素直に感想を述べる。そんな事を言われるとは思っていなかった夕陽は、反応に困る。
「ど、どうぞ」
とんすいとれんげをゴウの前に置いて自室に戻ろうとすると、ゴウに呼び止められた。
「一緒に食べないの?」
夕陽はさらに困惑した結果、とりあえず従うことにした。自分のたまご粥も器によそって、向かい合って座る。
「いただきます」
ゴウが息で表面温度を冷やし、とりあえず少量を口につける。夕陽はチラチラとそれを見守る。
「おいしい」
その言葉を裏付けるように、次々と粥を口に運んだ。
口いっぱいにつめ込んで、リスみたいに頬を膨らませるゴウを見て、夕陽は少しだけ温かい気持ちになった。
しばらく、食器の音だけが響く。土鍋の中がほぼなくなったころ、この沈黙を最初に破ったのは、意外にもゴウだった。
「あのさ……」
「えっ……はい!」
話しかけられると思っていなかったので、夕陽の肩に力が入る。
「好きな……好きな体位とかって、ある?」
「はい?」
「あ、違うか。えっと……どこが敏感?」
「あ、あの……」
なぜ、この人は食事中に猥談を繰り広げようとしているのだろう。そういう性癖なのか。夕陽が考えを巡らせ、答えあぐねていると、ゴウが自分の頭をぐしゃぐしゃと掻いた。顔に「何聞いてんだ、俺」と書いてある。もしかして、自分とコミュニケーションを取ろうとしたのだろうか。だとしたら、話題を探して行きついた答えが下ネタとは。思考回路が中学生男子並みである。ふっ、と吹き出したのを誤魔化すように、ゴウの質問に答えた。
「……耳、です」
「そう……覚えとく」
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