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シーソーゲーム

「うっ……」  まだ、頭に痛みが残る。けれど、頭蓋骨が張り裂けそうな感じはしないし、視界がぐるぐるまわるほどでもない。ゴウは横になったまま1つずつ、自分の身体の感覚を確認していった。 「あっ。ゴウくん、おはよう。気分はどうだい?」 「……最悪」 「だろうね。無理するから。何度も言うけどさ、全力じゃなくていいんだよ?」  アリマは手際よく点滴を替え、同時にゴウの脈を測る。額に手を当て、熱っぽかったのでシートを貼って冷やしてやった。 「俺は潔癖入ってんの。少しでも残ってると不安になるんだよ。特にクソ野郎のは」  ゴッドブレスについて、アリマが以前ゴウから聞いたのは、治療する時の視覚的な情報だ。重大な罪を犯した人の煙は、どろっとしていて、見るだけで気分が悪くなるのだそうだ。 「それでいちいち倒れられたら、私の仕事が増えるんだけど?」 「……」  居心地の悪くなったゴウが、ベッドから上半身を起こそうとする。アリマがそれに手を貸した。「ありがとう」と自然に礼が言えるゴウにアリマは、根は素直なのにな、と微笑む。 「ふー。だいぶ楽になってきた……ねぇ、先生。アイツおもしろいね」 「アイツって、夕陽のことかい?気に入ったの?」 「……気に入ってはいない。俺、ビッチ嫌いだもん」 「ビッチって。エッチなことしてもらうんだからエッチな子の方がいいじゃないか、若者よ!」  ゴウが、急にテンションを上げてきたアリマを冷めた目で見る。 「あれ?今の発言セクハラだった?」 「別に。なんか、無理するなーって、久しぶりに叱られたから興味湧いただけ。エロいって言うか、慣れ過ぎてて嫌」 「あー。なるほどね。詳しくは知らないんだけどね、あの子の家族が、入院してるらしいんだ。それでお金が必要で、そーいうコトして稼いでたんだって。家事とかもさ、全部一人でこなして、苦労したみたいだよ」  ゴウは、先程食べたたまご粥を思い出す。簡単な料理だったとはいえ、夕陽は手際よく短時間で作ったし、とても旨かった。常に料理をしていないと出来ないと思う。 「……あっそう。ま、俺には関係ないけど?代わりが見つかるまで雑用係でおいとくよ。新しい子申請しといて」  ゴウはそう言い放つと、自分に繋がれた点滴の量を確認して「もう一眠りするわ」と再び横になった。 「あのね、そんな簡単に見つからないから!組織自体人手不足なの!だいたい、ドクターコールも夕陽が押したんだろ?監視は何を……ああ、そういう事かも」  アリマが、デスクの上に置きっぱなしだった資料を手に取り、ゴウに見せた。 「ナンバー4か……」  資料を見たゴウの顔が強張る。同時に、医務室のドアが開いた。 アリマが確認に行くと、来客は夕陽だった。 「あれ、夕陽?」 「ごめんなさい、連絡待たずに来ちゃいました。ゴウさんは?」 「あ、うん、大丈夫。ちょうど目が覚めて、それで二度寝するところだよ」  ゴウは「二度寝の邪魔された」と言わんばかりに、不機嫌そうな顔で夕陽を見ていた。夕陽はゴウのベッドへ駆け寄り、跪く。 「あの、僕のせいですよね。ゴウさんに、こんな負担がかかるなんて知らなくて、本当にごめんなさい」  夕陽が今にも泣きそうな顔で、点滴の針を刺されたゴウの手をさする。 「僕……これからはなんでも言う事聞きます。だから、どうかゴウさんのケアテイカー、続けさせてください!」  完全に屈服した、縋るように潤んだ瞳に見つめられ、ゴウの気分が高まった。 「いいね、その眼。ゾクゾクする。先生、さっきの取り消し」  ゴウが夕陽をベッドへ引き寄せる。夕陽は縁に肩をぶつけ、顔を歪めた。そんなのはお構いなしに、ゴウは夕陽の耳元で囁く。 「いいよ。イイコトいっぱいしようね」  夕陽が、ころりと表情を変える。どう見ても、必要とされて心底嬉しがっているような顔だ。例えるならまるで、従順なペットのようだ。  その演技にアリマは「恐ろしい子!」と、心の中で叫ばずにはいられなかった。

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