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ライク、ナイヴズ①
ゴウの様子がおかしくなったのは、夕陽に契約書を書かせた、スーツを着こなした男が来てからだった。
ゴウへの治療の依頼や部屋の移動は、鹿野が担当すると思いこんでいたが、そうではないらしい。
「ナンバー5。今日の資料です」
スーツの男がゴウに封筒を差し出す。ゴウは目を合わせずにそれを受け取った。隙間なく封がされていて、とても開けにくそうだ。中に入っている物の重要度の高さを物語っている。
「1時間後、お迎えに上がります」
スーツの男はそう言って頭を下げ、一度も表情をかえることなく去っていった。この人は誰に対してもそうなんだな、と、夕陽は少し安心に似た感情を覚えた。
ゴウは棚からペーパーナイフを取り出す。柄の部分に豪華な装飾がされていて、かなり年季が入っている。家具も家電も何もかも新しい、ゴウと夕陽が住む部屋には、そのペーパーナイフは異質な存在だった。
部屋に、ナイフで紙を切り裂く音が響く。その音で分かるのは、ひっかかりが全く無い、切れ味抜群の代物ということだ。
封筒の中身は、文字でびっしり埋め尽くされたA4用紙1枚だ。そこには、今からゴッドブレスで治療する『患者』の情報が書かれている。
資料を読むゴウの表情が、さらに険しくなる。夕陽はそんなゴウの様子を横目で観察しながら、乾燥機から取り出した服をたたんでいた。関わってはいけない。初めて会う人でも分かるくらい、ゴウの周りに重苦しい空気が流れている。
資料を読み終えたゴウが、舌打ちをする。夕陽はたたみ終えたタオルを重ね、脱衣所へ持っていくことにした。嫌な予感がする。だから、この場から一刻も早く離れたかった。けれど夕陽の策は間に合わず、ゴウが背後に立つ気配を感じた。
「ねぇ」
「はい……うわっ!」
ゴウが夕陽の尻をつかむ。そのまま体を密着させ、耳元で囁く。
「ココ、使いたいんだけど。俺がシャワー浴びてる間に、準備して。道具はキミの部屋にあるから」
ゴウは夕陽の反応を待たずに、夕陽の手からバスタオルを引き抜いて脱衣所へ向かう。せっかくたたんだタオルが、すべて床に落ちて崩れた。夕陽はせめてもの抵抗で、タオルをその場に放置して、自室へ向かった。
ゴウは湯の温度を高めに設定して、全身にシャワーを浴びる。熱さで皮膚が少しピリピリするが、血液の循環を良くするのには即効性がある。
頭の中に、不快な文字が次々と浮かぶ。スーツの男が持ってきた資料に書かれていた情報だ。
「くそっ!」
ゴウは苦悩する。何が正解か、分からない。しばらくはこの感情に任せようと試してみても、気分は晴れなかった。
それでももう、後には引けない。今のところ自分の存在価値は、これしかないのだ。
浴室から出て、タオルで体を拭く。真っ白なタオルは柔軟剤を使っているのかとてもやわらかく、ゴウを優しく包み込んだ。
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