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アフターケア①

 何度来ても慣れない。気分が悪い。  鉄格子の部屋は無機質で冷たく、空気も不自然に澄んでいる。着せられた白衣はいつも漂白剤の匂いが鼻につくし、手錠はいちいち、自分が置かれている状況を思い知らせてくる。  ゴウは重い足取りで、鉄格子の中へ入った。  車椅子に縛り付けられた男は、50代前半といったところか、痩せ型で神経質そうな顔をしている。ほっそりとした顔に、窪んだ目がやけに主張していて凄味があった。 「おー。可愛らしい顔してんなぁ。遊んでやろうかぁ?」  男がゴウに舐めるような視線を送る。それを無表情で見下ろす。後方で、スーツの男が罪状を読み上げた。 「翼を奪い愛されることの常を断ち切り、その曇りなき瞳に影を落とした……」 「あ?またお前らか!頭上でくるくるわめくから、躾だって言ってんだろ!」  スーツの男の言葉を遮り、車椅子を大きくゆすって暴れる。ゴウが男との距離を詰めた。 「自分が悪かったって、思えねぇの?」 「ナンバー5、患者との対話は禁止です」  スーツの男がきつめの口調で制止する。 「は?悪いのはアイツらだろ?どう考えてもよぉ」  ゴウの手が伸び、男の頭を掴む。それからは一瞬だった。車椅子の男ががくりとうなだれる。 「終わった。もういいだろ?」  ゴウは白衣を脱ぎ捨ててから、自分で手錠をはめる。スーツの男は眉一つ動かさずに、鎖を手に取って主導権を握った。 「少し顔色が悪いですね。今からメディカルチェックを受けていただきます。そこからは、次の治療まで自室で待機してください」 「ゴウくんまた~?」 「……今回はぶっ倒れてない」  スーツの男が、顔を真っ青にしたゴウを連れてきた。「お願いします」と一礼し、早々に医務室を後にする。アリマはデスクワークを一時中断し、チェックを始める。 「はい、横になって。お熱と血圧測りましょうね~」  ゴウはおとなしく横になる。全身をベッドにしかっりと支えられ、幾分楽になった。 「こんな乱暴な力の使い方してたら、システムが変わっちゃうよ?天使いさん解雇とかさ」 「ケアテイカーだよ、先生。名前変わったじゃん……何で変わったの?」  アリマが体温計と血圧計の数値を確認する。意識はしっかりしているが少し血圧が低かったので、まくらを挟んで下肢拳上の体勢を取らせる。 「あ、そうだった。でも、天使いの方がカワイイのに。まあ、どこからか文句が来て、どこからかの圧力で変えたんじゃない?そのうち、ゴッドブレスも変わるかもね」 「……確かに、俺達は神なんてつけられるような輩じゃないからね」  顔色はだいぶマシになってきたが、いつもの勢いがない。疲労か、それとも他に原因があるのだろうか。アリマは観察と問診を続けた。 「あれ?なんか弱気だね。まだ気分悪い?」 「ううん、ちょっと頭が痛いだけ。ねぇ先生。俺ね……」  気だるげに、ゴウが右手で顔を隠す。どうやら、溜めこんでいるものを吐き出させてやる必要があるようだ。アリマは作業をしているように装って、程よい距離間でゴウの話に耳を傾けた。 「この力との付き合い方が分かってきたんだ。先生も知ってる通り、ほとんど俺のセイシン状態で決まるんだよね」 「うん。そうだね。だからケアテイカーをつけて、いろんなお世話してもらって心の安寧を保つようにしてるもんね」 「逆だよ、先生。この力を最大限にっていうか、ほぼ暴走なんだけど、そうするためにはさ、心を乱すのが一番なんだ」  アリマは、夕陽がここにきていない理由を察した。その上で、静かにゴウの次の言葉を待つ。アリマが怒ってくれるのを期待していたが、一向にその気配がない。ゴウは観念し、蚊の鳴くような声でアリマの沈黙に答えた。 「……俺、夕陽にひどい事しちゃった」  顔を覆った手が、小刻みに震えていた。そんなに後悔するならしなきゃいいのに。予想以上にぐずぐずしているゴウに、アリマはフォローを入れてやった。 「それで落ち込んでるんだ。彼だって覚悟して来てるんだから、大丈夫だよ」  ゴウはアリマの言葉を聞いてはいるが、気持ちを切り替える様子はない。ならば、ゴウ自身が認めている非を責めてやった方が楽になるだろう。『大丈夫』というのは、時に相手を突き放してしまう言葉に成り得るのだ。 「でも、男の子だからって手荒に扱っちゃダメ。覚悟はあっても、何も感じないことは無いからね。あとさ、君は裁く側じゃない。覚えといてね。よし、バイタル安定してきたぞ。さ、帰った帰った!」  アリマがまくし立てるように一気に言うと、ゴウはしぶしぶ起き上った。 「……ふぁーい」  ゴウは、弱ってなんていなかったように、しっかりとした足取りで医務室を後にする。それを見届けて、アリマはため息を吐いた。 「まったく、私は保健室の先生じゃないぞ、青年」

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