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ナンバー4①

「あー……ヒマだー」  ゴウがソファの上で伸びをしながらぼやく。さっきまで読んでいた本が、トサリと下に落ちた。  ゴッドブレスの治療の依頼は、だいたい週に1回のペースでゴウの元へやって来る。ところが、あの若者を治療した日を最後に、何もないまま今日で丸20日が経過する。厳密にいうと、依頼自体はあったのだが、ことごとくキャンセルになってしまった。鹿野が言うには、患者の体調や諸々の事情で、稀にこういう事が起こるらしい。    その間夕陽は、家事をしたりアリマを手伝ったりしてゆっくり過ごす事ができた。場所を覚えるために施設内の探索も許された。もっと監獄的なところをイメージしていたが、夕陽たちが主に使っているフロア以外は、普通の病院とさほど変わらない。もちろん、タグでしか開けられない扉でもって他のフロアと隔離はされているが、1階にあるエントランスは受付を済ませれば出入り自由で、待合室で患者とその家族がソファでくつろぎ談笑する場面も見られた。     あと、前から気になっていたフードコートで、こっそり鹿野とランチもした。   一方、ゴウは部屋から自由に出られないため、本を読むか寝るかしか選択肢がない。 「何か作りましょうか?」 「んー……ん?」  ゴウが、テーブルの上に備え付けられたタブレットを覗く。このタブレットは、健康管理のための記録アプリと、ビデオ通話もできるアプリだけがインストールされた、なんともかわいそうなヤツだ。夕陽はこのタブレットを見る度に「ボクはもっとできる!こんなもんじゃない!」と、嘆くのが聞こえるような、そんな気がしている。 「先生から電話だ」  通話ボタンをタップすると、アリマがこちらに手を振っていた。 『ごきげんよ~夕陽もいる~?』 「はい!います!」  割り込むように、夕陽が入ってくる。自分と居る時と、明らかに態度が違う。それに気付いたゴウは、何だか面白くない。タブレットを自分の方へ引き寄せて、アリマと話し始めた。 「なに?先生」 『うん、あのね……悪い知らせと良い知らせ、どっちがいい?』  アリマがこちらに選ばせてくるタイプの時は大抵、悪い知らせは本当に悪い知らせだ。それは、夕陽もゴウも心得ていた。 「そうね……じゃあ、良い知らせから」 『うん!予想通りの選択だ!良い知らせは、ダラララララ……ジャン!ゴウくんに2週間の特別休暇が与えられました!』  ゴウが微妙な顔をして、夕陽がそれをなだめる様に見守る。 『あれぇ?嬉しくない?』 「今も特別休暇みたいなもんだよ。暇を持て余してる」 「治療が、ことごとくキャンセルになっちゃって……」  アリマが画面の向こうで『なるほど、そうか』と一人で納得した。 『でもさ、その2週間は治療依頼も一切入ってこない2週間だから、気分的にもとっても楽だと思うよ?』  ここまで来るとゴウには、悪い知らせが何なのか、見当がついた。明らかに表情が曇る。それを察したアリマが急いで続けた。 『ゴウくんネタバレ禁止!じゃ、悪い知らせの方ね。ナンバー4の再始動が可決されたよ。2週間は、調整期間だ』 「あいつの……状態はいいの?」 『あまり良くない、と、私は思うんだけどね。数値には、異状ないから。本人にもその意思があるみたいだし、とりあえず、試運転からってとこ』  ゴウとアリマが難しい顔でナンバー4の話をしている。夕陽は置いてけぼりだ。ただ、会ったこともないナンバー4の事はどうでもよい。夕陽が今気になるのは、ゴウの専属ケアテイカ―である自分は、ゴウの休暇中は何をすればいいのだろう、という事だ。  まあおそらくは、ゴウの生活力の無さを見るに、今まで通り身の回りの世話をすることになるだろうな、と予測した。しかし、その予測は、大ハズレだった。 『それで、夕陽にはお試しで、ナンバー4の専属ケアテイカ―になってもらうことになりまし た~』 「はい、引き続き……ええっ!?」  夕陽が、タブレットの中に入っていきそうな勢いで、体を前のめりにし、驚く。ゴウも、そ の横で驚いていた。 「そんなに人足りてないの?天使いのシェアなんて聞いた事ねーよ」 『そう。人手不足が死活問題なんだよ。それなのに誰かさんはワガママばっかりでさ……』 「あ、あの!ナンバー4って……それにお試しって、え、どういう……」  今度は置いていかれるわけにはいかない、と、急に当事者にされた夕陽が必死に食らいつい ていく。 『おおっと!仕事に戻らなきゃ!ゴウくん夕陽に説明しといて!あとで鹿野くんが迎えに行く から!』 「え、ちょ、先生!ていうかそれ、今日の話!?」  通話がぶつりと切れる。アリマは嵐のように、その場を散々散らかしてから、去っていった。 「あの、ゴウさん……」  夕陽が、迷子の子供のようにゴウを見つめる。ゴウもまだ全部を理解しきれてはいないので、そんな目で見られても困るのだが、夕陽はもっと混乱しているだうと思い説明を始めた。 「……ナンバー4は俺が来るよりも前からここに居るゴッドブレスでさ、1年前に状態が悪く なって、療養のために患者の治療を外れたんだ」 「体調不良ってことですか?」 「それもあるけど、セイシンニイジョウヲキタシタってやつだ」  フィジカルにもメンタルにも負担がかかる。ゴウの治療後の姿を見ていると、ゴッドブレス という力が両刃の剣であることがよく分かった。 「1年って……こんなに早くゴッドブレスの治療を再開して、大丈夫なんですか?」 「俺もずっと顔合わせてないから分からないけど、そんなのお金が一番大事なお偉いさん方には関係なくて、一刻も早くナンバー4を使いたいらしいな」    ゴウは、顔も名前も知らない『お偉いさん方』に敵意を向ける。奴らはゴッドブレスを道具 か何かだと思って扱う。使えなくなったら修理して、それでもだめなら、容赦なく捨てる。当たり前のように代わりを準備し始める。 「そんな……」  夕陽がとても不安そうな顔をした。精神が安定していない人物と2人きりで、2週間過ごさなくてはならないのだから、当然の反応だ、とゴウは思った。少しでも安心させてやりたいと、そんな思いがゴウに芽生え、自分ができる最大限に優しい口調で伝える。 「監視カメラあるし、俺に回ってくる治療がないなら多分、鹿野が近くにつくと思うから。それに夕陽なら、器用だし頭いいし、上手くやれると……」 「いえ、僕はいいんですけど、ナンバー4さんが辛いだろうなって思って。まだ不調なはずですよね」  ゴッドブレスが、辛い?  そんな事を考えてくれる人間が、ここに居るのか。ゴウは夕陽をまじまじと見つめる。嘘で も、その場しのぎの取り繕った言葉でもなさそうだ。  大概の奴が、自分達の事をバケモノを見るみたいな目で見る。そのくせ神聖化したり、好き勝手に利用したりする。そんな事にはもう、慣れていたはずなのに。ゴウは、夕陽から視線を外す事が出来ない。 「ん?あっ!安心してください。ゴウさんのご飯は、今から2週間分作って冷凍しておきます!」  自分に向けられたゴウの視線の理由を勘違いした夕陽は、腕まくりをして気合を入れる。夕陽がキッチンへ向かおうとした、その時。 「残念、お時間だ」  いつもの作業服に身を包んだ鹿野が、後ろに立っていた。

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