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ナンバー4②
初めて見るドアの前に立つ。
夕陽は、この施設に連れてこられた日のことを思い出していた。ずいぶん前のような気がす
るが、実際は2か月とちょっとしか経過していない。
「はー……」
自然と、ため息がこぼれた。
鹿野はここまで案内した後「ゴウの飯の算段をしてくる」と、部屋に入らず去ってしまった。「なんかあったら、迷わず呼べよ」とか「監視がついてるから大丈夫と思う」とか、自分を気遣う言葉をかけてくれたが、鹿野自身が少しナンバー4の事を恐れているようにも見えて、それが夕陽の不安を増幅させる。
「……ヘンな人だったら、やだな」
過去の、あまり思い出したくないいくつかの記憶が、滲み出でてくる。振り払うように頭をぶんぶん振り、その勢いでドアをノックした。
「こんにちは、今日からお世話になります」
「はーい、いらっしゃーい」
今回はすぐにドアが開く。中から出てきたのは、くせっ毛な亜麻色の髪を筆頭に、全体的に色素の薄い少年だった。ふわふわな笑顔でこちらを見つめてくる。歳は、十代半ば、といったところだろうか。夕陽は、予想の斜め上を行くナンバー4の姿に、動揺した。
「えっ?あ、あの、僕、今日から派遣されてきました……」
「ユウヒ!だよね?よろしく!あとさっき、僕の事チビだと思ったでしょう?」
確かに、自分より華奢で、手のひら一つ分くらい背が低いが、この年代ならむしろ高い方ではないだろうか、と夕陽は思った。
「いえ、僕も昔は背が低かったし、これからきっと伸びますよ」
夕陽は、自分もそんなに身長がある方ではないがとりあえず当たり障りのないことを言っておいた。
「伸びるかなぁ?21歳でも?」
「ええ!21!?」
「あっ、そっちか!まあ、入って入って」
ナンバー4の部屋は、ゴウが初めに居た部屋と全く同じ間取りだった。違う点は、彼の部屋には大量のぬいぐるみやブロックは無く、必要最低限のものしか置いていない。今いるナンバー4の寝室も、ベッドと小さなサイドテーブルと、棚しかない。その本棚には、たくさんの本がタイトル順に丁寧に並べられていた。
「ナンバー4さんは、本が好きなんですか?」
「ううん、何か最初からあった。それと、僕の事はフォースって呼んでくれたらうれしいなっ」
「はい、フォースさん、今日からよろしくお願いします」
夕陽が深く礼をすると、フォースも「こちらこそ〜」と頭を下げた。
「ね、僕たちには2週間しかないから、早く親睦を深めるためにさ、一緒にお風呂入らない?」
一応、こちらの意見をうかがってくれるが、専属ケアテイカーに拒否権などない。夕陽は
「フォースはお風呂プレイが好き」と、頭のメモに書き込んだ。
「じゃあ僕、お湯ためてきますね」
「大丈夫。もうためてるよっ!アヒルさんも浮かべたし、入浴剤もいれといたから、早く行こう!」
バスタブは、一人で入るには十分な広さだったが、2人だと少し狭い。向かい合って座ると、お互いの距離が近く、身体を隅々までよく見ることができる。
「……白くにごる入浴剤を入れたらよかった。僕は平気だけど、夕陽、嫌じゃない?」
水色の湯をちゃぷちゃぷしながら、フォースが、申し訳なさそうに尋ねる。浮いたアヒルが溺れそうだ。
「いえ、平気です。入浴剤、良い匂いですね」
フォースの表情が、パッと明るくなる。これだけ顔に出してくれたら、とても分かりやすい。こちらの対応もずいぶん楽だ。夕陽は無意識に、誰かと比べていた。
「ふふふ〜。夕陽可愛い。お肌もすべすべ」
「いえ、そんな……」
フォースが、夕陽の顔や腕を撫でまわした。夕陽は、久しぶりに他人に優しく身体を触られて、どう反応していいか迷う。
「……この太腿の傷跡と、夕陽が今ここに居るのって、関係ある?」
夕陽は反射的に傷跡を隠す。右足の内腿に、複数の切り傷の跡があった。ケロイド状になっていて、痛々しい。
「す、すいません。気持ち悪いですよね」
いつも裸になる時は、ファンデーションテープを使って隠すのだが、今回は急にこの部屋に来たため、そんな余裕がなかった。フォースがそっと夕陽の手を払って、そこに触れる。
「気持ち悪くなんかないよ。夕陽の事、もっと知りたいな」
とても、懐かしい感じがする。程よい温度の湯に浸かっているのも相まって、ふわふわと包み込まれるようで、安心して息ができる感覚だ。
「昔……男の人に、割れたビンで……」
それ以上は、どんなに頑張っても声が出てこなかった。下を向いて震える夕陽の手を握り、フォースがなだめる。
「教えてくれて、ありがとう。夕陽は特Sだよね?僕たちの事も、知ってほしいな」
「はい。知りたい、です」
彼らについて、その能力について、知っておかなければならない。夕陽は、フォースの手を握り返した。「ありがとう」と、落ち着いた声で語り始める。
「ゴッドブレスの力はね、先天的な能力じゃなくて作られた力なんだ。もちろん、誰でもなれるわけじゃない。いくつか条件を満たす子どもに、処置をするんだって。僕も、よく思い出せないんだけど、狭くて暗い部屋と、境界がわかんなくなるくらい明るい部屋を何回も行き来した記憶だけある」
フォースが、苦しそうな表情を浮かべる。あまり、思い出したくない記憶のようだ。
「でね、その条件の一つが、心に深い傷を負っている事なんだ。……夕陽とおそろいだね」
夕陽は微笑み、ゆっくりとうなずく。
心の傷。目には見えない、深さもわからない。そんな曖昧なものに、時にひどく乱される。完全に癒える事はなく、もう大丈夫だと思っていても何かの拍子に、ついさっきできたみたいにじくじくと疼きだす。とても厄介だ。
「だから僕たち、お互いに傷を猫のようにペロペロなめあって、協力して行こうね!」
確かに、フォースはふわふわしているので猫みたいだな、と夕陽は思った。
「……フォースさん、体調が悪いって聞きました。もう大丈夫なんですか?」
「だいじょーぶすぎるくらいだいじょーぶ!周りが騒いでるだけー。その証拠に、今日も治療が入ってるんだよっ。夕陽も手伝ってね」
夕陽は記憶をたどる。風呂の中での行為は、滑るし、響くし、湯が冷めてだんだん寒くなってくるのであまり好きではない方だ。もうひとつ、問題が浮上したがとりあえずフォースに肯定の意思を示した。
「はい!」
「じゃあ、のぼせないうちにあがりますか!」
「え?は、はい」
どうやら、お風呂プレイが好き、というわけではなさそうだ。
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