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焦り

 身を清めた後夕陽は、医務室へ向かった。元々約束があったのだが、集合時間より早く行って、アリマに手当てをしてもらう。 「一応、刃物はなるべく置かないようにしてるんだけど、あのペーパーナイフは特別でね」  夕陽は、キッチンに備え付けの包丁がいちいち自分のタグをかざさないと取り出せないのはそのためか、と納得した。 「ゴウくんにとって、とても大事なペーパーナイフで、あれで紙を切る音を聞くと、すごく落ち着くんだって」 「そうなんだ。形見か何かかな?」  かなり年季の入っていた、アンティークなペーパーナイフは、ゴウの人柄とは合わない。ならば、他の誰かの物だろう。 「すごい!夕陽は名探偵かな?ゴウくんのおばあちゃんの物らしいよ」  アリマにアリマに子ども扱いされ、なんだか少しむずがゆい。 「ゴウくん、小さい頃はおばあちゃんと暮らしてたんだって。それから孤児院に引き取られて、なんやかんやがあってこの施設に来たんだ」 「学校も行ってないって聞いた」 「そうだね。でも、勉強はしてたみたいだよ?夕陽よりも」  アリマがくすくす笑う。夕陽は、苦手ではないが勉強が嫌いだ。復習も対策もせずに受けたテストの、赤点ギリギリの解答用紙をよく、アリマに隠してもらっていた。 「よ、読み書きそろばん出来れば問題ないよっ」  夕陽の過去が暴露された所で、医務室に来客があった。ふわふわのくせっ毛がご機嫌に揺れている。 「あ、いらっしゃーい」 「くそっ!」  ゴウが思いきり、壁を殴る。それを見ていた鹿野が、自分の手をさすった。 「いったー。何やってんの?お前が怪我したら俺が怒られるでしょうよ」 「……ごめん」  ゴウが素直に謝る。さっきの、ゴッドブレスの治療で納得できない事があったらしい。 「いいけど、報告書書くの手伝ってね。とりあえず医務室行くぞ」 「うん」  鹿野はほっとする。アリマから「ゴウを医務室に無理にでも連れてくるように」という指令を受けていた。特に体調に異常がなければ、どうやって連れて行こうか悩んでいたところだが、立派な理由が出来たからだ。 「……なんか今日、てこずってたね。どうした?」  今日の患者は、癖のない、よくあるタイプの罪状だったのだが、ゴウの治療は難航した。 「煙が、よく見えなかった。あの人、ここに来るようなことしてないんじゃないの?」  鹿野が資料を読み直す。 「いや、でも…何回も放火を送り返して、責任能力がうんたら、な人だぜ?」 「……そう」  ゴウは自分の拳を見つめる。赤くなっていて、所々内出血していた。 「もっとコントロールできるようにならなきゃ。もっとちゃんとしなきゃ。じゃないと意味がなくなる。また、取り返しのつかない事に……」  その拳をさらに握りしめ、小さな声で呪文のように唱えた。深く考え込んでしまって、周りが見えて無いようだった。「まずいな」と、鹿野が正面に回り込んで、ゴウの目の前で手を振る。 「おーい、大丈夫か?」  ゴウがはっとして、我に返る。 「あ……医務室ね、行こう」

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