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きっかけのシチュー

 夕陽は、ゴウを医務室へ連れて行った。本人は「平気だ」と言い張ったが、顔色は戻らないし足元がおぼつかなかったので、後で小言を言われるのを覚悟して半ば無理やり引っ張ってきた。その判断は正解で、医務室についた途端、ゴウが膝から崩れ落ちた。 「ちょっと貧血起こしたみたい。しばらく安静にしたら大丈夫だよ」  少し離れた所で突っ立って「心配」と顔に書いている夕陽に、アリマがゴウの状態を伝えた。ティーカップを準備しながら「お茶にしない?」と夕陽を誘う。  確かに、少し落ち着きたい。いろんなことが重なって、未だに軽いパニック状態だ。夕陽は、素直に従った。 「あーちゃん、フォースさんが」 「うん。かわいそうにね。荒療治ってやつだ。三嶋が居たんでしょ?」  夕陽はもらった名刺を見せる。アリマが複雑そうな顔をした。 「腕はいいんだけどね……」 「ゴウさんが怯えてました。でも、それだけじゃないっていうか」 「そうだね。ちょっと、いろいろあったみたい。ナンバー5にゴウって付けたのは、三嶋なんだ」  とても、複雑そうだ。これは多分、人伝に聞く話ではないと夕陽は悟る。ゴウが自分から話すまで、触れないでいよう。それまで、自分に出来る事をすればいい。 「……俺、夕飯作らなきゃ。戻るね」                 *   *   *  ゴッドブレスを失敗した。  その人は涙を流していた。たくさん、自分の過ちを咎める言葉を発しながら。  治療した後、自分の犯した罪を嘆き、俺を崇める様に跪いた。  周りの人は「よかった」と、声を揃えて称賛した。  俺だけに見えていた。といっても、よく目を凝らさないと見えないが、その人にまとわりつく、濃度の濃い黒い煙が確かに見えていた。。  ただ、目の前で自分の罪の重さに打ちひしがれ、泣いているその人を疑うことはできなかった。それが見えないふりをして、治療は終わったと告げたのだ。  その2週間後から、三嶋先生が来なくなった。  お子さんを亡くしたのだそうだ。  毎日暇で、唯一の楽しみが、三嶋先生のカウンセリングだったが、仕方ない。 俺には両親がいないけれど、ばあちゃんが愛してくれた。もし俺が、ばあちゃんより先に死んでいたら。お子さんを亡くした三嶋先生の気持ちを考えると、胸が張り裂けそうになった。  次の治療は、フォースと一緒だった。二人で同時に治療するのは、初めてだった。  最近調子がよくないといっていたのに、大丈夫なのだろうか。心配して顔をのぞき込むと、フォースは俺に「辛いけど、受け止めようね」と言った。    鉄格子の部屋に行くと、その部屋いっぱいに黒い煙が充満していた。  スーツの男が罪状を読み上げる。幼い子供を手にかけた罪だ。その中に、神の息吹を裏切った、という聞きなれないフレーズがあった。  治療をするため、黒煙の中をフォースと進む。その中心にいたのは、俺が見た事のある患者だった。  俺は全てを理解した。その瞬間、叫んで、叫んで、うずくまる。「ごめんなさい」と繰り返すことしかできなかった。  役に立たない俺の分まで、フォースが一人で黒煙を吸い取った。  ゴッドブレスを使い過ぎたフォースが、その場に倒れ込む。それを見て少しだけ正気を取り戻した俺は、フォースに手を伸ばそうとして、その手を誰かに払われた。 「神に触るな。汚らわしい」    三嶋先生が、汚いものを見るように、俺の事を見ていた。  三嶋先生がフォースを大事そうに抱え、俺を置いて二人は去っていった。 俺は、すがる思いで患者をみた。 ……また失敗だ。だから二人は去っていった。もう2度と、失敗はできない。              *   *   * 「あ、ゴウさんお帰りなさい、もう大丈夫ですか?」 「……うん」    懐かしい香りが、部屋に広がっている。 「シチューだ」 「はい。すぐ用意しますね」  ダイニングテーブルに、2人分のシチューが用意された。具がごろごろして、美味しそうだ。 「ゴウさん、前に好きだって言っていたので……今日、お疲れ様でした」 「覚えててくれたんだ。俺は、ひどい事しかしないのに……」  夕陽は驚いた。ゴウが、ぼろぼろ涙をこぼして泣いている。もう、限界だった。 「ゴウさん?」 「……ごめん。俺ってホント、いらないよね?」  小さい声で、嗚咽交じりに自分をなじる。夕陽はゴウの後ろに回り、大きくて小さな背中を抱きしめた。 「大丈夫です。俺には、必要です。アリマさんも鹿野さんも、フォースさんだって、ゴウさん が必要ですよ」  落ち着くまで、夕陽はゴウを抱きしめた。しばらくして、ゴウが後ろを向き、縋るような目で夕陽を見る。 「夕陽、ごめん……」  夕陽は微笑んで、ゴウの目に溜まっていた涙に口づけた。それから、どちらからともなくキスをした。 「んっ……」  しばらく軽く啄んだ後、ゴウが舌を挿れて夕陽の咥内を支配する。 「夕陽……夕陽……」  息継ぎの度に、名前を呼ぶ。 「んぅ……ひあっ」  ゴウが、夕陽の耳に指を入れる。その反応に満足して、舌と指で夕陽を蕩けさせる。 「俺も、覚えてるよ。耳、だよね?」 「やっ……まっ、待って……」 「んー。待てな……いっ!」  夕陽が、ゴウの顔を手で突っぱねる。首からコキッと、小気味よい音がした。 「シチュー、冷めるから!」    シチューは少し冷めてしまったが、とてもおいしい。心までホカホカに温まる味だった。 「うん、うまい。夕陽、料理上手だね。お菓子もおいしかった」    急にしおらしくになったゴウに、若干戸惑う。だが、距離を縮めるチャンスだと、夕陽は提案した。 「じゃあ、今度一緒に、料理しましょう」 「えっ!いいの?俺、22年間生きてきて、包丁触った事無いよ?」 「……とりあえず、包丁使わないレシピで」   22年間包丁を触らずに生きていけることに驚いていいのか、自分より年下だという事実に驚いていいのか、夕陽は迷って、両方に驚いた。

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