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決裂
「夕陽、顔が赤いね」
夕陽は医務室にて、お灸治療を受けていた。
「ゴウくんが半泣きで担いできたから、何事かと思ったら」
ひとしきり快楽を得た後、夕陽に残ったのは、腰の痛みだ。それも、一歩も歩けないほどの。
「お楽しみだったわけね~。2人、お若いもんね~」
「ぐぬぅ……」
夕陽は反論できず、低く唸った。
「でもさ、タイミング的にはバッチリだよ……治療の日が、決まったんだ」
医務室に、着信音が鳴り響いた。それにしても、なんとも間抜けなメロディが鳴っている。アリマが個別に設定したのだろう。
「あ、噂をすればゴウくんだ」
夕陽は思わず吹き出し、それが腰に響いて悶絶した。
「はーい、ゴウくん?」
『あ、先生!夕陽の様子、どう?』
「そうねー……」
アリマが夕陽を見る。夕陽が手でバツを作り、まくらに顔をうずめた。
「寝てるよー」
電話越しに「無理させたからな」というゴウの声が聞こえ「いらん事言わんでいい!」と、夕陽が心の中でツッコミを入れた。
『先生、俺さ……悪い奴はただ悪いって、そう考えてたんだ』
「うん。ゴウくん、根は真面目だし、融通がきかないもんね」
『それって、褒めてる?……でもさ、その人にだって家族が居て、その家族は信じたいって苦しんでるんだなって。思えるようになった』
「……そうなんだ。君が、そんなに柔軟に考え方を変えられるなんて、新発見だ」
『夕陽の、おかげかな。あいつ、同じような材料で、カレーもシチューも作れんだよ?すごいよね!ゴッドブレスもさ、使い方次第で、いろんな味になるなって、思ったわけさ。夕陽が居れば俺、この力をコントロールできる』
夕陽じゃなくても、カレーやシチューを作れる人はいるし、とても強引な紐付だが、アリマはおとなしく聞いていた。
『あ、おれ、治療行ってきます。終わったら、夕陽迎えに行くね』
通話が切れる。
「うん!うまく懐に入り込めたね!夕陽さ。オニイチャンの治療終わったら、どうするの?」
「……出ていくよ」
なんだろう。心臓がゾワゾワする。ずっと前から持ち続けた望みが、もう少しで叶うと言うのに。
「ありがとう、か」
治療後、涙を流して懺悔する患者が、ゴウに向かってそう言った。今、その言葉の重みを受け止めている。プレッシャー、そして、湧き上がる自己肯定感。ゴッドブレスが自分の一部になっていく、確かな感覚をあと少しで得られそうな予感がする。
「ゴウ、これ、読んでみ?」
鹿野が手渡してきたのは、一通の手紙だ。それにしてもこの男、いろいろな情報をいろいろな人に漏らしすぎではないだろうか、とゴウは思ったが、気になったので読むことにした。そこには、治療した患者の家族から、感謝の言葉が書き連ねられていた。日付からして、フォースが受け持った患者のようだ。
「……俺も、こんな風にできるかな?」
「俺にゴッドブレスの事は分からんが、まぁ、人間って割とすごいからな。俺も、あと少し背が伸びたらなーって毎日念じてたら、ちょっと伸びたし」
鹿野が背伸びをする。それをゴウが、高い目線から見下ろした。
「……それはウソだろ」
「ウソちゃうわ!」
鹿野と会話を弾ませながらも、ゴウはこの気持ちを早く夕陽と共有したいと思った。医務室へ向かう足が、自然と速くなる。
「残念、夕陽寝てるよー」
アリマが小さく、誰にも聞こえないように「今度は本当にね」と付け加える。
例の手紙を囲って、夕陽が目覚めるまで急遽お茶会を開くことになった。
「そっかぁ。何だかほっこりしたよ。自信が持てた、的な?フォースも、早く来れるといいね」
アリマがつぶやく。鹿野が紅茶を飲み干して、決意を込めて発言した。
「その事なんだけどさ、俺、三嶋?ってやつとフォース、合わないと思うんすよね」
ゴウの眉がピクリと跳ねる。
「確かに、やり方はちょっと強引なんだよねー。でも実績があるから、お偉いさんは彼を手放さないと思うよ」
「それって、ゴッドブレスの能力に対する実績っすよね?本人のケアとか、考えてないんじゃないですか?」
珍しくつっかかってくる鹿野に、ゴウもアリマも驚いた。それに気付いた鹿野が、慌てて誤魔化す。
「ま、下っ端が言う事じゃないんすけどねー」
「……バンビ、言ってる事とやってる事が違うじゃん」
2人の間に、小さいが確実に火花が散ったのをアリマは感じた。
「どうしたの、2人共!お菓子が減ってないよ?」
2人同時に「いただきます」とクッキーを貪る。甘くておいしい。心が緩んだ。
「でもさ。私がこんなこと言うと怒られるけど、このシステムもいつまで持つか」
「どういう事?」
「え?だって偽ってばっかりでしょ?ゴッドブレスの実体とか、実績とか。この施設だって表向きは、ただの更生施設だよ?嘘は絶対ばれるんだよ。鹿野くんのプロフィール欄の身長みたいに」
鹿野がむせる。ゴウが吹き出す。
「……なあ、俺に恨みでもあるの?」
「あの、お話し中すいません。俺も紅茶飲んでいいですか?」
眠りから覚めた、半笑いの夕陽が、カップを持って寄ってきた。
「えっ、笑ってる?夕陽まで……」
夕陽不在時に出た話題について引き継いでからほどなく、アリマの仕事用の電話が鳴り響き、お茶会はお開きとなった。ゴウと夕陽は自室に戻る。
「前にさ、俺、夕陽に物騒な質問したじゃん?」
「殺人の為の殺人、ですか?」
「うん。あれもさ、周りの環境が整ってたら、そんな考えにはならなかったんじゃないかな?」
「性善説ってやつですね。俺は、そうは思いません」
あの時と同じ、夕陽の断固として譲らない、という態度に、ゴウは少しひるむ。
「どんなに劣悪な環境でも、流されずに自分をしっかり持っている人はいます。結局のところ、その人次第なんです。だから、罪は、罰さなくては」
誰かを思い浮かべながら、夕陽は決意するように告げる。ゴウは、夕陽の事を何も知らない。もっと知りたいと思った。
「夕陽はさ……なんでここを選んだの?」
「……お金が欲しいんです。母さんが病気で、その治療費に当てたいんです」
夕陽が壁を作る。ゴウは恐れずに、その壁を剥がしにかかった。
「それならさ、他のとこでも、いくらでも稼げるじゃん」
「母さんは、その……ひどい目に遭って心を病んでしまったんです。だから、ここなら少しでも、そういう奴らを罰する手伝いができると思って、決めました」
ゴウが戸惑う。まるで、少し前の自分を見ているようだ。自分は運よく力を持っていたから、それを実現できていた。夕陽はただ、恨むしか出来なかった。辛かったと思う。でも……
ゴウが口を開くのを夕陽が遮った。
「分かってます。ゴッドブレスは、裁きじゃない。そうですよね?」
夕陽が笑う。ゴウもつられて笑った。理解されることが、こんなにも嬉しい。
それが、偽りの笑顔だとは、この時のゴウには気付けなかった。
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