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祈り
「いーっ!」
「男の子でしょ?ガマンなさい!」
局所麻酔がまだ効ききらないうちに、アリマが消毒液を豪快にかけた。手際よく縫合し、その後は、丁寧に素早く包帯を巻いていく。さすがドクターだ。
「……先生、知ってたんですか?夕陽の兄貴の事」
夕陽の兄は、父親の借金返済のため、新しい事業に手を出し、失敗した。それから、家族に暴力をふるうようになった。父親と同じように。特に、母を守るために反抗した夕陽をターゲットにして、傷つけては反省し、また傷つける事を繰り返していた。母親が入院してからは、兄の精神状態もさらに不安定になり、ここの患者になったという。
「知ってるも何も、夕陽をそそのかしたのも私だよ。お兄ちゃんの呪縛に憔悴していく夕陽をもう見ていられなくて」
アリマからこの施設について聞いた夕陽は、ゴッドブレスの力を暴走させて、兄に復讐することを計画した。でもそれは、失敗に終わった。計画までに、ゴウがゴッドブレスをコントロールできるようになったからだ。
「……君がずっと求めてきたものをたやすく踏みにじった、私と夕陽を恨むかい?」
アリマが自分を責めるように問う。ゴウが欲しかったもの。信頼、愛。それは全て、偽りだったのだ。
「いや、確かにショックだったけど……ムカついたり、悲しかったり、嬉しかったり、こんなに自分の感情が分かりやすいのは初めてだ。全部夕陽が教えてくれた」
ゴウは、にっ、と歯を見せて笑う。
「だから俺は、先生も夕陽も恨まないよ」
「うわっ……ごめん。眩しくて浄化されそう……」
「なんか軽いなー。先生、俺が許すって前提で、やってたんじゃないの?」
確かに、ゴウは前に進む事が出来た。あのまま夕陽と出会わなければ、ゴッドブレスを間違った使い方で治療を続けていたと思う。
「さーてね。神のみぞ知るー。治療終わり!ね、大仕事が残ってるよ?」
あーちゃんからの着信だ。これでもう、この施設ともお別れだ。鹿野さんの話によると、暫くは監視付きで、用意されたホテルで生活しなくちゃいけないらしい。自分の事はどうでもいいけど、母さんともう会えなくなるかもしれないのは、嫌だな。
「はい」
通話ボタンをタップする。テレビ電話だ。今、あーちゃんの顔を見れるのはありがたい。でも、画面に映し出されたのは、ゴウさんだった。
「……っ」
俺は急いで下を向く。どんな顔していいのか、分からない。でも、怪我をさせた事、裏切ってしまった事、なんとしてもそれだけは早く謝らなきゃ……
……謝って、どうするんだ。俺はまだ、許してもらおうと、そんな甘えた事を考えているのだろうか。もう、顔は上げられない。このままゴウさんの怒りを受け止めて、それで呆れられるまで、じっとしておこう。
『夕陽、ごめん』
……何、言ってんの?
『気付いてあげられなくて、ごめん。夕陽ずっと悩んでたのに。俺、夕陽が来て、答えを見つけて嬉しくなって、それで自分の事ばかりで……』
……嫌だ、俺を罵ってよ。謝らなきゃならないのは、俺なんだよ?ゴウさんの事だまして、せっかく好きになってもらったその気持ちを利用して、ひどいことをさせようとしたんだよ?
『でも、もっかいワガママ、聞いて?』
……俺の身勝手でゴウさんを裏切って、傷つけて、俺、もうゴウさんに会わす顔ないよ。
『夕陽……愛してる』
……嫌だ。
ゴウさんと離れたくない。お願いします。どんな罰でも受けるから、神様、どうかゴウさんと一緒にいさせてください。
「ゴウさん、俺……!」
夕陽が、顔を上げる。緊張気味のゴウが、画面に映っていた。夕陽が顔を上げて安心したのか、すぐに笑顔になった。夕陽の目から、涙がぼろぼろと零れる。なぜか鹿野も、鼻をすすっていた。
突然、ゴウが、崩れ落ちる。
その背後に、三嶋が立っていた。目は血走り、口から泡を吹いて、何かをわめき散らしている。
『コイツを消せ!ナンバー4こそが神の名にふさわしい!ああ、神よ!私を導きたまえ!』
そこで通信が途絶える。
「ゴウさん!?ゴウさん!」
夕陽が暴れ、手錠をしている手首が見る見るうちに赤くなっていく。
「ゴウのところに行って来る!大丈夫だ、待ってろ」
己の復讐のために、愛する人たちを利用した。その罰が、当たったのだ。夕陽は自分を責めて、祈る事しか出来なかった。
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