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救済

「いってぇ……」  手足がしびれて、動かしにくい。何か薬を盛られたのか。下に落ちた衝撃で、唇を切ったのだろう。さっきから鉄の味がする。  ゴウは、自分をこんな目に遭わせた人物を睨みつける。ずっと訳の分からない言葉を叫んで、土下座を繰り返している。その先に居たのは、フォースだ。車椅子に乗せられている。焦点が合っていない。ゴッドブレスで治療する前の患者と、同じ状態だ。 「神よ!邪魔ものを消しました!褒美を与えてください!」  フォースは、座ったままピクリとも動かない。 「ああ、まだか……まだ足りないと言うのか。ならば……」  三嶋が、ゴウに詰め寄る。手には自分のネクタイを持っていた。ゴウはどうにか身体を動かそうとするも、まだ痺れて思うようにいかない。 「くそっ」  三嶋のネクタイが、ゆっくりとゴウの首にかけられる。そこからぎりぎりとしめられ、酸素が回らず苦しくなっていく。  夕陽に想いを伝えたばかりなのに。その返事をまだ聞けていないのに。遠ざかる意識の中で思い出すのは、夕陽の笑顔と泣き顔ばかりだ。「あ。これ走馬灯ってやつかな。最後は笑顔で締めくくりたいな」と考えた。この状況でもいやに冷静な自分に驚いていると突然、気道をふさいでいた異物がなくなった。 「ほいっと!」  気の抜けた掛け声とともに、三嶋の身体が後ろへのけぞった。鹿野がそのたくましい腕で、三嶋にヘッドロックをかましていた。 「げほっ!ちょっと、バンビ!俺も締まったんだけど?」 「悪い、ちょいエラー」  三嶋が、叫びながら暴れ出す。 「ゴウ、動けるか?人呼んで来い!」 「……いや。試してみる」  ゴウには見えていた。三嶋から溢れだす、どす黒い煙が。こんなに濃くて、色々混ざり合っているのは、見たことがない。一人の人間から出てくるものではないみたいだ。 「ええ?GB?は、早くしてね?この人結構力強くて……」  鹿野が相当焦っている。勝手な略称を使ってきた。この煙はおそらく、三嶋がカウンセリングをしてきた者の思念も混ざっている。知らないうちに取り込んでしまったのだろう。  三嶋先生も、苦しんでいる。助けてあげたい。そう心から言えるようになった自分を誇りに思った。 「俺なら、できる」  ゴウは自分に言い聞かせる。同時に、頭の中いっぱいに夕陽を思い描いた。 「お前なら、できる!」  頭の中の夕陽を押しのけて、鹿野が堂々と入ってきた。 「いや、そういうのいらないんで。ちゃんと抑えてて」  気を取り直して、ゴウは三嶋の額に手をかざした。 「くっ……」  重い。自分の意識が持って行かれそうだ。ゴウはもう一度夕陽の事を考える。心が温かくなって、頭の中が凪ぐ。集中して、焦らずに煙を吸い取っていった。  抵抗していた三嶋の力が抜けていく。 「……私は、何を……」  そのまま意識を手放した。ゴウと鹿野はハイタッチを交わした。 「あー……疲れた」  ゴウがその場にへたばる。鹿野は車椅子のフォースと倒れた三嶋を入れ替える作業をしていた。フォースは自力で立ってはいるが、まだ遠くを見つめている。 「ゴウ、すごいな。感動した。あの状態から正気に戻すなんて」 「うん……なんとかなった」 「いや、ホントすごいよ。俺も見習うわ」  鹿野がフォースの顔の前で、パン、と手を叩く。フォースの意識がはっきりし始めた。 「……鹿野?あれ……三嶋先生が……またなの?また僕を裏切るの?」  フォースが頭を抱え、バリバリと掻きむしる。それを鹿野が手首を掴んで制止した。 「はなせ!裏切り者!うらっ……んっ」  鹿野が、フォースの唇を塞ぐ。ちゅくちゅくと、ご丁寧に舌を入れ、わざと大きな音を立てた。フォースの力が抜けていく。 「わぁお」  ギャラリーが一人ガン見していたが、鹿野は気にしない。訳が分からずおとなしくなったフォースからそっと唇を外し、フォースの目を見つめながら、いい声でつぶやいた。 「ねぇ、フォース。俺とエスケープしない?」  ゴウはのちに語る。このドヤ顔は、一生忘れられない、と。

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