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男の美学

 すべて計画通りだった。  あの虫けらの治療には、ゴッドブレスが二人必要だと、それらしい理由を張り付け、上の連中を動かした。  案の定、途中で己がいかに汚れているかを自覚したナンバー5が、制御不能になる。それでも我が神は、治療を成功させようとしたが、私が微調整した彼の状態では、その力を十分に発揮できなかったようだ。  すべて計画通りだった。 「……あなたは、誰ですか?鹿野は‥‥」  目を覚ました神は、一部の記憶をなくしているようだった。 「フォース。私は君の専属医だよ。鹿野は君を裏切った。ナンバー5の方を選んだんだ。彼を担いで医務室に行ったよ」  私は彼の手を握り、真実を伝えた。私の中にあるシナリオの真実を。 「裏切っ……た……捨てられ、た?」  神の顔がどんどん青ざめていく。無理もない。信じて愛した者に、裏切られたのだから。少し前の私と、同じ目に遭っている神を見て、安心した。一人では心許ない。同じ所まで、堕ちて欲しいと願った。 「これからは一緒に、使命をまっとうしよう。貴方は必要とされている」             *  *  *  とある島の、ホテルの一室。 「んっ……」  目を開けると、見慣れない部屋に自分がいた。フォースが、重たい頭で考える。長い夢を見ていたような、そんな感覚だ。 「おっ、おはよう」  目の前に現れたのは、見覚えのある男だ。フォースの腹の底から、怒りと悲しみが湧き上がってくる。喉の奥が勝手にその男の名を叫んだ。 「鹿野!」  そこら辺にあった枕や布団を手当たり次第に投げつけた。それを鹿野が面白がって全て避けた。フォースの怒りはさらに増す。 「これは、枕投げっていうんだぜ。修学旅行のお決まりコース」  鹿野が、訳のわからないことを言いながら近づいてくる。怖くなって、こぶしを振り上げた。 「はいはい、暴れないでね~」  両手首をつかまれ、いとも簡単に自由を奪われる。この腕力の差では、いくら抵抗しても無効にされる。その屈辱に、フォースの目に涙が浮かんだ。 「ここはどの部屋?先生は……三嶋先生、どこ?」  フォースが、唯一の見方であるはずの人物の名前を呼ぶ。 「ここは西の方の島~。あのおっさんはやばいので、退場してもらいました」  鹿野が合掌して頭を下げた。フォースがうつむいて静かに涙を落とす。一瞬でこの空間に、自分がなきものにされ、鹿野を虚しさが襲う。 「……試してみますか」  鹿野は、癪だがあのお調子者ドクターの仮説を信じてみることにした。  フォースの目じりにたまった涙に、キスを落とす。 「やめろ!さわっ、んっ……」  抵抗するフォースを抑え込み、今度は唇に唇を重ねた。 「かわいいのに憎まれ口をたたくお口をふさいじゃいまーす」  鹿野がさらに深く口づける。手を拘束され、上に乗られて足も動かない。今回も敵わないと諦めたフォースが抵抗を止める。鹿野と目を意地でも合わさずに、涙を流し続けている。 「えー、ごめん。泣かないでよ〜」  鹿野が耐えきれず、フォースを抱きしめた。 「なんで、こんなの……するの?」 「……俺が、フォースの事が好きで好きでたまらないからだよ」  フォースが、訳が分からない、という顔をする。鹿野はめげずに続けた。 「好きな人には触れたくなるし、キスしたくなるし、笑顔にしたいって思うんだよ」  鹿野がフォースの頭を撫でる。 「……鹿野は、裏切ったよ?先生が言った」  フォースの頭の中に「本当に、そうだったか?」という疑問がよぎったが、霧がかかってうまく思い出せない。  一方鹿野は、三嶋に殺意を覚えた。 「……まぁ、裏切ったも同然だよな。受け入れたのも俺の決めたことだし。フォース、約束する。もう2度と裏切らない」  フォースの目が、大きく開く。その言葉を信じていいのか、自分を守る為に振り払うべきか、迷っているようだった。  鹿野はフォースの目を見ながら、その小さな唇の隙間を舌でこじ開けた。 「んっ……ふっ……」  長い間口内を味わっていると、フォースの瞳が熱を帯びた。鹿野がズボンの上からフォースの性器に触れると、小さく屹立していた。 「……反応してる。嬉しい」  一度唇を離し、フォースを抱きしめる。 「フォ……なあ、本当の名前、なんて言うの?」  フォースが戸惑う。 「あー、もうあそこには戻れないから。諦めて。機密事項とか、もー無し!」  フォースがまた涙を流す。戻れないと言われて、安堵している自分に驚いた。 「……りく」  答えてくれた。今度は鹿野が安堵する。 「りく。どんな字書くの?」  鹿野がフォースに手のひらをかざす。そこに指で字を書いた。 「力……來……フォースじゃん!!」  鹿野が、大きな声で驚く。 「ふふっ」  りくが思わず笑った。それがきっかけで、頭の中の霧が一斉に晴れていく。 「鹿野、ごめんなさい。僕が君を……」  鹿野がそれを聞いて、天を仰ぐ。 「……っはー」  鹿野の目尻にきらりと光る何かが見えたが、一瞬で引っ込めた。 「おかえり、りく」 「ただいま」

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