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第1話

許婚が決まると、食堂にケーキが出る。 施設で一番きれいな制服に着替えさせられ、 職員が笑顔で「おめでとう」と抱きしめる。 普段は番号や名字でしか呼ばれない子も、その日だけは「〇〇くん」「〇〇ちゃん」と、フルネームで呼ばれる。 そんな“特別な日”が、年に数度だけ、訪れる。 ──今日は、同級生で三人目の許婚が決まった日だった。 廊下の奥から、弾む声が聞こえてくる。 白いスカートをふわりとはためかせた少女が、職員室から飛び出してきた。 「お相手、四つ年上なんだって!」 嬉しそうに語るその横顔を、青羽は、廊下の隅の影から静かに見つめていた。 しゃがみ込み、気配を消すように。 心の中は、妬みでも羨望でもなかった。 それよりも、もっと重たく、鈍く沈んだ、名もなき虚しさだった。   「青羽の相手、まだ決まらないの?」「また断られたらしいよ」 職員たちの雑談が、壁越しに聞こえてくる。 小声のつもりだろうが、人間は“聞かれてない”と思ったときほど、よく喋るものだ。 「顔は悪くないのにね」「声が高すぎるのよ。あれじゃ“男の子”としては無理」 「女でも男でもない中途半端。扱いづらいのよ、ああいうの」 「マッチングって、失敗すると責任取らされるし……誰も関わりたくないのよ」 ──静かに、確実に。 青羽は、選ばれない理由を突きつけられていた。   それでも、顔を上げた。 どれだけ理不尽でも、 選ばれた子は、“人間”として扱われる。 名前を呼ばれ、手を取られ、未来を語られる。 “君はこの社会に必要とされている”と、証明される。 自分には、それがない。 制度に合わない容姿、声、性別。 “商品”として不適格と判断され、静かに処分されていく──そんな立場。 「……もうすぐ、十八になる」 小さく、口の中で呟いた。 あと数ヶ月。 期限までにマッチングできなければ、“強制枠”で相手が割り当てられるか、 それが叶わなければ、施設に戻され“労働要員”として扱われる。 そこに待っているのは、寒くて暗い、あの部屋。 怒号と雑巾の匂いに満ちた、灰色の日々。 笑顔も自由も希望もない、命だけが続く“死に損ないの部屋”。 ──誰かに選ばれることは、“生きていていい”という許可証だった。 それなのに、誰も、自分を選ばない。   その夜。 布団の中、青羽は小さく震えていた。 泣いていることがバレないように。 呼吸を殺し、声を押し殺し、ただ静かに、涙を流す。 願ってはいけない。望んではいけない。 そんなこと、わかっているはずなのに。 ──この声を、この身体を、それでも愛してくれる人が、どこかにいればいいのに。 神様なんていないと、知っている。 けれど、祈ることだけは、まだやめられなかった。 「……お願いします。誰か、僕を見つけて」 心の奥で、掠れた願いが浮かび、そして── 翌朝、青羽の胸の中に残ったのは、ただ冷えた虚空だけだった。 希望はまた、夜の闇とともに、塵のように消えていた。

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