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第2話

「──来たぞ! マッチング希望数が、ついに二桁を超えた!」 「すげえな……やっぱり若さと顔だよ。『女』として登録して正解だったな」 「向こうの仲人からも『ぜひ一度会わせてほしい』だってよ。  選び放題だぞ、青羽──いや、“美羽”」   事務室のドアの向こう、歓声が響く。 まるで自分の存在が、“価値ある商品”になったかのようだった。 その声を、青羽は物陰から、息を殺して聞いていた。   ──何も変わっていないのに、“女”として登録された途端、すべてが変わった。 「マッチング不能」とされていた自分が、突如として“金になる存在”になった。 施設の空気が一変した。 職員たちは笑いながら言った。 「お前のためなんだ」「チャンスだぞ」──そうして、“青羽”は“美羽”に書き換えられた。   髪を伸ばされた。 肩を越え、ゆるく巻かれ、前髪を垂らされた。 視界は狭くなり、鬱陶しかったが、口答えは許されなかった。 次に、話し方。 「語尾を柔らかく」「声は一音高く」「口元は常に微笑んで」 地声を出すと「可愛くない」と舌打ちされ、発声練習を何時間も繰り返させられた。 服装も変わった。 ふわりと広がるスカート、透けそうなブラウス、白いソックス。 「男に見えねぇな、イケるじゃん」 笑った職員の視線が、皮膚にまとわりついて気持ち悪かった。   鏡の中の“自分”は、知らない誰かになっていた。 声も、姿も、仕草も、全てが“作られた女”のそれだった。 もう、“青羽”の面影はどこにも残っていなかった。 ──これは、本当に僕なのか? 心の奥で問いかけても、返ってくる声はなかった。 その問いさえ、次第に霞んでいく。 毎日、毎日、“正しい女のふるまい”を叩き込まれ、青羽の心は削られていった。   「すごいじゃない。これだけ希望が来るってことは──  ……あんた、性別間違えて生まれてきたんじゃない?」 「さあ、笑って、“美羽”。今が人生のチャンスなんだから!」   水谷にそう言われたとき、青羽は笑った。 口角を上げ、目を細め、息を吐くように笑った。 おしとやかに──そう教えられた通りに。 頬の筋肉が引きつり、顎が痙攣した。 けれど、笑った。 その瞬間、心の中で、何かが静かに崩れ落ちる音がした。   青羽は、“美羽”になることを望んだわけじゃない。 ただ、“美羽にされた”だけだ。 そしてこの名前のまま、どこかの男の家へ送られ、 誰かの“妻”として、誰かの“老後”や“家庭”を支える存在になる。 それが、“青羽”の終点だった。 ──でも、それでも。 施設に戻って、あの薄暗い部屋で朽ち果てたくはなかった。 自分を守るためには、“別人”になるしかなかった。 だから青羽は、美羽として、今日も笑った。 心の奥では、もうとっくに泣き果てていたというのに──

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