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第38話
向かったのは、ブランドの路面店が並ぶ一角。
日差しを受けて、ショーウィンドウのジュエリーたちがきらきらと光を反射していた。
「少し、見てみましょうか」
誠司が静かに扉を開けてくれた。
店の外観からして、もう十分に“高級”だとわかる。
一歩足を踏み入れると、白を基調にした洗練された空間が、すっと空気を変えた。
(……すごい……)
高い天井、柔らかな間接照明。
ガラスケースの中には、名前も知らないブランドの指輪が、静かに、けれど堂々と並んでいる。
足がすくみそうだった。
「贈りたいって言いましたけど……本当に、美羽さんの“好きなもの”を選んでくれて大丈夫ですからね」
誠司の視線が、まっすぐに美羽の指先に注がれている。
その眼差しがあまりにやさしくて、胸の奥がきゅっとなる。
「でも、私……どんなのが似合うか、自信がなくて……」
「じゃあ、一緒に見ましょうか。さっきのドレスに合いそうなものを」
「……はい」
うなずいたとき、鏡越しに見えた誠司の表情は、どこか照れたような、それでも確かな決意をたたえていた。
まるで──“プロポーズ”にも似た表情だったことに、美羽はまだ気づいていなかった。
やがて店員が、穏やかな笑みを浮かべて近づいてくる。
「本日は、どのようなご用途でお探しでしょうか?」
「パーティ用に。フォーマルな場で使える指輪を。派手すぎず、でも華やかさのあるものを探していまして」
誠司の落ち着いた声に、店員が頷く。
いくつかのガラスケースの鍵を開け、指輪を選びながらテーブルに並べていく。
「よろしければ、お手元を拝見しても?」
「……はい」
恐る恐る差し出した左手に、店員がいくつかの指輪をそっと当てていく。
どれも美しくて──でも、目をやった値札に、息が止まりそうになる。
(た、高い……)
予想していたより、はるかに桁が違った。
「どうですか? お気に召すものはありましたか?」
柔らかな店員の声に、ますます申し訳なくなってくる。
「……ごめんなさい。正直、自分に似合うのが、よく分からなくて……」
目を伏せたままの美羽に、横から誠司の声がそっと重なる。
「……だったら、僕がいくつか選んでみてもいいですか?」
「……え?」
「大切な人に、指輪を選ぶ機会なんて、人生で何度もあるわけじゃないから。……少し、ワクワクしてしまって」
その言葉に、美羽の胸がじんわりと熱を帯びた。
(……誠司さん……)
「じゃあ……お願いします。誠司さんに、似合うって思ってもらえるのが、いちばん嬉しいです」
そっと告げると、誠司はほんの少しだけ笑った。
「ありがとうございます。じゃあ……この3つ、見せてもらえますか」
誠司が選んだのは、どれもプラチナの指輪だった。
小さなダイヤモンドが一粒だけ、そっと添えられている。
けれど――よく見ると、
宝石を支える爪のデザインが、それぞれ少しずつ異なっていた。
ひとつは、丸みを帯びた「ミルクラウン」。
ふんわりと優しく、光をやわらかく反射する。どこか、微笑みのような雰囲気。
もうひとつは、6本爪の「ティファニータイプ」。
高さのあるセッティングが光を多く取り込み、シャープで凛とした美しさを際立たせている。
そして最後のひとつは、「ミルグレインリング」。
縁に繊細なミル打ち加工が施されていて、静かなクラシカルさと、細部の丁寧さが光る一品だった。
派手さはない。けれど、どれも確かな品と美しさを備えていた。
美羽は、ひとつずつ指に通していく。
ゆっくりと、まるで自分の心に問いかけるように。
「……どれが良かったですか?」
誠司の声が静かに響いた。
美羽は少しだけ迷ってから、そっと――ミルクラウンを選ぶ。
指に通した瞬間、金属の冷たさではなく、指輪そのものの温度を感じた気がした。
「……やっぱり、それが一番似合ってますね」
誠司のその一言に、美羽の中に残っていた迷いが、すっと溶けていった。
「……私も、これが好きです」
ふと、胸の奥にぽつんと灯りがともる。
(……すごく……きれい……)
でも、それは指輪そのものではなく――
今の自分の手元が、そう見えることが、少し不思議で、誇らしくて。
「まるで、指輪に選ばれたみたいですね」
誠司の声が落ちてきた。
静かで、あたたかくて、どこか息を呑むような響き。
美羽は思わず、顔を上げる。
誠司の視線はまっすぐに、彼女の指先を見つめていた。
まるで、そこに新しい物語が始まる予感を見つけたように。
(……これ、“ただのアクセサリー”じゃない)
心が、きゅうっと震える。
この小さなリングが、きっとふたりの“これから”を繋ぐものになる――
そんな予感が、美羽の中で確かに芽生えていた。
そして、小さく、けれどはっきりと、言葉にする。
「……これが、いいです。私……この指輪が、いちばん好きです」
誠司の瞳がふわりとやわらぎ、静かに頷いた。
「……じゃあ、それを、贈らせてください」
まるで包み込むような声だった。
“買ってあげる”でも“選ばせてやる”でもなく、
そこにあったのはただ、誠司という人の、**まっすぐな「贈りたい」**だった。
美羽の胸の奥が、じんわりと熱を帯びていく。
「……ありがとう、ございます」
指輪は、専用のケースに収められ、リボンがかけられた。
受け取ったその瞬間、ただのジュエリー以上の“ぬくもり”が、美羽の手のひらを満たしていく。
それは、言葉ではなく手に残る、“これから”の小さな証だった。
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