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第53話

誠司さんの体温が、肌越しにじんわりと伝わってくる。 重ねた唇からは、ゆっくりと吐息が漏れて── 彼の指先が、そっと僕の腰を包んだ。 その手は優しく、でも確かに“求める”意志があって。 撫でるような動きに、身体の奥がじんわりと熱を帯びていく。 「……怖くないよ。大丈夫。  ……美羽のすべてに、触れたい」 その言葉が、胸の奥深くに染み込んでくる。 ずっと、聞きたかった言葉だった。 でも、同時に……怖くてたまらない。 僕は── “美羽”なんかじゃない。 男として生きてきた“僕”が、本当に誰かに愛されていいのか、ずっとわからなかった。 けれど、今。 誠司さんは、そんな僕を見て、触れて、そして、変わらずに──愛おしそうに抱きしめてくれている。 それだけが、今の僕を、支えていた。   彼の手が、ゆっくりと脚へと触れていく。 ずっと自分でも見たくなかった場所。 この身体が、「女じゃない」という現実を、何より雄弁に語ってしまう場所。 そこに触れられるのが、何よりも怖かった。 誠司さんが幻滅するんじゃないかって── 何度も、何度も思っていたのに。 彼は、ただ静かに微笑んだ。 「美羽が、どんな身体でも関係ない。  そのすべてが、君だから──大切にしたい」 その一言で、強張っていた心が、少しだけ緩んでいく。 やさしい手が、ためらいなく撫でる。 くすぐったくて、照れくさくて、でも不思議と、怖くはなかった。 「……怖い?」 「……少しだけ。  でも……」 言いかけて、ふっと視線を逸らす。 この人に、こんなふうに求められる人は、きっと幸せなんだろうなって。 ずっと、そう思ってた。 でも、それになれるのは“誰か”であって、僕じゃないと思っていた。 愛される資格も、愛する資格も──何も持っていない。 それでも。 「……お願い、やめないで……」 その言葉が口をついて出た瞬間、自分でも驚いた。 誰かに、何かを“求める”なんて──初めてだったから。 震える声だった。 でも、それでもまっすぐに、誠司さんだけを見ていた。   彼は黙って、頷いた。 ゆっくりと、シャツのボタンを外していく。 灯りの下であらわになった身体が、なんだか眩しかった。 そのまなざしに嘘はなくて、ただ真っ直ぐに、僕を見てくれていた。 「……無理は、させないよ。  君が苦しいなら、ちゃんと止まるから」 それでも── 「……でも、本当は……止まりたくない。  君が受け入れてくれるなら……奥まで、ちゃんと触れたい」 その告白のような声に、胸が跳ねた。 怖さもある。 だけど、それ以上に── こんなふうに求められることが、うれしかった。 そっと頷く。 「……僕も、誠司さんがいい」 掠れるような声で、それだけを伝えると、彼はそっと、僕の手を握ってくれた。   ゆっくりと、彼の体温が重なってくる。 押し寄せるようなぬくもりに、身体の奥がぎゅっと締めつけられる。 少し、苦しくて。 でも──嫌じゃなかった。 むしろ、心の底からじんわりと、あたたかくなっていく。 「……きつい、な……  でも、美羽の中、すごく……あったかい……」  誠司さんの熱が触れるたびに、僕の奥が、じゅん……と熱くなるのがわかった。 「……っ、ん……っ、あ、ぁっ……!」 声が、洩れる。 普段の自分じゃ考えられないような、甘い声。 誠司さんが「可愛い……」って囁くたび、僕の奥がきゅってなる。 「……僕、変になっちゃった……もう、恥ずかしくて、どうしたらいいかわかんない……っ」 「……それでいいんだよ。もっと、素直に感じて。美羽の全部、愛したいから」 吐息混じりの声が耳元に触れて、 その低く濡れた響きに、胸がきゅっと締めつけられる。 どこまでも優しいのに。 でも、確かに彼は“男”で── 重くて、熱くて、まっすぐに僕を貫いてくる。 身体を重ねるたび、心が揺れて、呼吸が浅くなる。 奥へ、奥へ── まるで、誰も届いたことのない場所まで、彼だけがたどり着いてくるようで。 「……誠司さん、……もっと……」 口から漏れたのは、もう“お願い”でも“拒絶”でもなく、 ただ、彼を欲しがる、僕の本音だった。 彼の動きが深く、強くなっていく。 甘く、そして熱く。 波のように押し寄せては、奥を優しく揺らし、僕のすべてを溶かしていく。   何度も、唇を重ねながら。 何度も、名を呼びながら。 心の奥がほどけていくように── 痛みも、恥も、不安さえも、彼の体温の中で少しずつ溶けていった。   「……美羽……もう、いくよ……」   その声に、全身が震えた。 まるで、彼のすべてが僕の奥に注がれるような錯覚と共に、 自分の中に、光が満ちていくような感覚が走る。 甘く、苦しく、どうしようもないほど優しい、 そのひとしずくに、僕もまた、引き寄せられるように、こぼれ落ちた。 「……っあ……ん、ぁ……!」 溶けそうな吐息が、自然とこぼれる。 自分の中に流れ込んだ熱が、身体の奥をじんわりと染めていく。   彼の胸に顔をうずめたまま、しばらく何も言えなかった。 手のひらと手のひらが重なり、 彼がそっと、僕の髪を撫でてくれる。 心も、身体も── やっと、まるごと誰かに抱きしめられた気がした。 “僕”のままで。 このままの僕を、嘘じゃなく、 まっすぐに愛してくれた誠司さん。   誰かに触れられることが、こんなにも苦しくて、 でも、こんなにも優しいなんて──知らなかった。 「……ありがとう、誠司さん……」 声にならない想いを、胸の奥で繰り返す。 初めて、僕は“美羽”じゃなく、 “僕”として、誰かの腕の中で──朝を迎えたいと、そう思った。

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