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第54話
カーテンの隙間から、やわらかい朝の光が差し込んでいた。
その光の中で、美羽は僕の腕の中にすっぽりと収まっている。
細く、なめらかで、心地いい重み。
肌の熱が、肌に溶けていく。
美羽の髪が、胸のあたりにふわりと触れている。
少し汗ばんだ肌。上気した頬。
でもその顔は、どこまでも穏やかで……幸せそうで――
「……誠司さん」
いつ起きたのか、かすれた声が、俺の名前を呼ぶ。
その声だけで、胸の奥が熱くなる。
「……ん……?」
目を細めて見つめ返すと、
美羽は枕に頬を預けたまま、そっと俺の頬に触れた。
指先が、ほんのり震えている。
けど、その手はとてもやわらかくて、優しかった。
「……ねえ、誠司さん……僕……」
俺の目をじっと見ながら、唇を少しだけかみしめた。
「……もう、『好き』って言ってもいいの?」
その一言に、
心臓が、ドクンと跳ねた。
「……『大好き』って言ってほしいって、言ってもいいの?」
俺の胸が、音を立てて満たされていく。
ああ、この子は今、自分からちゃんと“言葉で”愛を求めてる。
誰かの顔色をうかがうんじゃなくて、
拒絶を恐れるんじゃなくて――
ちゃんと「欲しい」と言えてる。
それだけで、俺の目頭が熱くなる。
「いいよ。何度でも言って。何度でも、聞かせて」
俺はそっと、美羽の手に自分の手を重ねて、顔を寄せた。
「君の『好き』は、全部、俺の宝物だよ」
そして、唇を額に預けながら囁いた。
「俺も、君が……大好きだよ。ずっと、一緒にいたいって思ってる」
その言葉を聞いた瞬間、
美羽の目に涙が浮かぶ。
けれどその涙は、もう“痛み”の涙じゃなかった。
「……大好き……僕も、誠司さんが、大好き……」
名前を呼ばれて、生まれた“美羽”が、
やっと“愛すること”を口にできた朝。
肌が重なった夜よりも、
言葉が重なったこの瞬間こそが――
ふたりにとっての、ほんとうの「初めて」だった。
すでに、ふたりとも二度果てて、
身体は疲れきっているはずだった。
それなのに、美羽は僕の胸に額を寄せたまま、ぴたりと離れようとしない。
その気配が、たまらなく愛おしくて――
俺はそっと、美羽の頬を撫でた。
「……大丈夫? 疲れてない?」
「……うん、ちょっと……だるいけど、でも……くっついてたい……」
美羽の声は、ほとんど囁きだった。
すこし掠れていて、それがまた、熱を呼び覚ます。
「ずっと、こうしてたい……」
そのまま、唇が重なった。
最初は、ふわりと触れるだけの軽いキス。
でも、美羽の方から、そっと舌を差し出してくる。
驚きながらも、自然と応えるように舌を絡めた。
唾液が混ざり合う音が、静かな部屋に響く。
何度も、何度も。
互いの唇と舌を確かめ合うように。
深く、やさしく、でも確かに熱を帯びていく口づけに、
再び僕の身体も反応してしまっていた。
そして――それに気づいた美羽が、
少し離れて僕の目を見上げた。
頬を赤く染めながら、でも、ほんの少し笑って。
「……僕も……もっと、欲しい……」
その言葉に、喉の奥が焼けるほどの熱が走った。
“欲しい”
その言葉を、美羽が自分から口にした。
“僕も”
――つまり、それは、俺と同じ気持ちだということ。
唇を重ねるたびに、生まれ変わるように感じる美羽。
今、こんなふうに、自分から“もっと”を求めてくれるなんて。
俺は、美羽の背に腕をまわしながら、もう一度、その唇を塞いだ。
ぬるりと絡み合う舌。
わずかな水音。
息が詰まるほどの愛おしさが、ふたりをもう一度、熱へと導いていく。
やわらかな朝の光の中――
“愛しい”という言葉が、
ふたりの肌に、深く、優しく、刻まれていく。
「……もっと、欲しい……」
その一言を口にした時、全身の熱がぶわっと膨れ上がった。
誠司としてじゃない、男としてじゃない――美羽を愛する者としての本能が、音を立てて燃え上がる。
もう一度、唇を重ねる。
舌と舌が、ゆっくりと、絡まり合って、唾液が溢れ、顎をつたって流れていく。
「んっ……ぁ、……ふっ……」
美羽が吐息を絡めながら声を洩らす。
朝の光の中、シーツの上で絡まり合うふたりの身体は、すでに汗ばんでいて、触れるたび、ぬるりと滑るような肌の感触に、僕は何度も息を呑んだ。
背に腕をまわして、美羽の細い腰を抱き寄せる。
くちゅっ……と濡れた音が鳴る。
身体の奥が、もう準備を始めている。
「……美羽、少し開いて……」
「うん……」
すこし震えながら、でも拒まずに脚をひらく美羽。
そこに、指を滑らせれば――
柔らかく、そこは指を迎え入れてくれた。
「…………誠司さん、……」
「……昨日のまだ覚えてるのかな」
美羽の肌に浮かぶ汗が、朝陽にきらめいていた。
いつしかふたりの汗が混ざり、唾液が混ざり、奥で愛が混ざり合っていく。
名前を呼ぶ代わりに、舌を絡めて。
言葉の代わりに、何度も水音を立てて。
まるで、愛という名の溶液の中で、
ふたりがぐちゃぐちゃに溶けていくようだった。
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