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第2話 番解消拒否②

 黒川は凌駕と同期で、社内デザインを担当している。一見アルファっぽいし、アルファに劣らず仕事のできる人だ。凌駕と並んでも決して引き立て役にならないほどの外見も持ち合わせている。   「あの、黒川さんに会いたいのですが」  女性社員に声をかけると、黒川に聞こえたらしく、慌ててデザイン課の会議室へと移動した。 「東雲くんだよね。発情期は終わった?」 「はい。あの時はご迷惑をおかけしました。謝って済む問題ではないのですが……」  慇懃に、深々と頭を下げる。黒川は目を丸くして顔を上げるよう促した。 「なんで東雲くんが謝るの? それをするべきは俺だろ? アルファの望月ならともかく、俺がベータだってのもオメガなら分かるんじゃない?」 「分かります」    黒川は自らをベータだと認めた。普段から別段アルファぶっているわけでもないし、ベータだからか、第二次性を重要視しているわけでもないようだ。凌駕とよく連んでいるからアルファと思われがちではあるが……。    実際、アルファでなくとも黒川はモテる。来るもの拒まずだということも割と認知されている。セフレが数人いるのも隠していないし、誰もそれを叱責しない。すこぶる人付き合いが上手い人なのだ。    そんな人が陽菜を一回抱いたところで、黒川にとってはたいした事件でもない。  それでも黒川は陽菜を慰めようとしているのか、その場のノリでセックスをしたことを詫びた。 「酷いことをしたのは俺だろ。すまなかった。つい調子に乗っちゃった。後で望月と二人で反省したんだ」 「そんな、僕はオメガだと公表していないですし……。オメガだと採用されないと思ってベータと偽って入社しました。なので非は僕にあります」 「東雲くんさ、偽ったのは駄目だけど、そこまで卑下しなくてもいいんじゃない? 先輩だろうがなんだろうが、オメガを襲っていいわけがない。あ、俺が言うなって思ったよね。本当に、反省してるから」  両手を合わせて軽い感じで「ごめんね」と言うと、話を続ける。   「君、セックス初めてだったんでしょ」 「え、あ、……はい」  黒川くらい遊んでいれば、一度抱けばぎこちなさで分かるのだろう。嘘を吐く必要もないので素直に頷く。 「望月も驚いてたけど、オメガ性が強いんだよね。それでよく今まで無事で来られたね」 「強い薬さえ飲んでいれば、これまでは問題ありませんでした。どうしてもの時は、体調不良と言う理由で有休を使って休んでますけど」 「そんなにしてまで仕事が好きなの?」 「好きというか……普通に働きたかったんです。オメガだと、現実的にはまだ限られた仕事しか選べませんから。ベータだと偽っていることに罪悪感はありますが、仕事は楽しいです。誰も好奇な目で僕を見ませんし、一人の人間として接してくれるのは嬉しいです」    黒川は陽菜の話を真剣に聞いてくれた。こういうところが人から好かれる所以なのだろう。  冗談で躱されるか、それとも相手にもされないか、オメガであることを責められるのではないか、様々な心配を覚悟していたが、どれも杞憂に終わった。    ならばこの際、陽菜は黒川に凌駕のことを訊きたいと思った。なんでもいい。言える範囲でいいから、凌駕のことが知りたい。    本当は黒川から凌駕へ番解消の同意をするよう、説得してもらうつもりだったが、その前に『望月凌駕』について知りたくなった。   「黒川さんにお訊きしたい話があるのですが、時間をとってもらえないでしょうか」 「君を襲った相手なのに信頼してもらえるなら、今日にでも時間を作るけど」 「それに関しては、黒川さんが怒っていないなら、僕に怒る権利はないですから」 「まったく、まだそんなこと言って。オメガってみんなそんなに自己肯定感低いの?」 「周りに男のオメガなんていないので……」 「まぁ、いいよ。もう手は出さないから安心して。訊きたいのは望月のこと? ま、大学生の頃からの付き合いだし、なんとなく東雲くんが何を訊きたいのか分かるよ。番解消を拒まれたんでしょ?」 「なんで分かるんですか? やっぱり、過去に何かあったんですか?」 「とりあえず、お互い仕事に戻ろうか。また、夜にね」  子供を宥めるように陽菜を頭を撫でると、会議室を後にした。    終業まで残り数時間というところだった。陽菜はとても集中できなかったが、偶然にも社内で凌駕と顔を合わせないで済んだのは救われた。会ってしまえば、きっと動揺を隠せなかっただろうから。  退勤時間になると、陽菜は大慌てで会社を飛び出した。人目も気にせず黒川から指定された駐車場へ向かうと、黒川は既にそこで待っていてくれた。 「個室のある居酒屋を予約しておいたから、車に乗って。勿論、奢るから」  流石は遊び人、仕事が早い……とは言えなかったが、モテるわけが少し分かった気がする。  黒川は相手から断れないようもてなすのが上手い。  オシャレで高級そうな車に乗り込むと、エスコートするようにドアを閉めてくれた。  車内で黒川は凌駕の名前は出さなかった。  目的地まで、他愛ない会話が続く。ようやく陽菜の緊張が解けた頃合いを見計らったように、車を停めた。

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